第27話 モヒカンの中身


 大将はモヒカンの様子を見て顎をしゃくりあげてから荒い鼻息を吐く。知らない人が見れば機嫌が悪そうに一歩引くところだが、本当は相手のことを認めている証拠。やはり、この二人は魂のレベルで語り合っているのかも。


「巫女はこんなところで勉強もせずにバイトをしているのか?」


 誰だよ巫女って。僕は無視をしようとした。しかし、モヒカンは僕だけではなく、徹や大将にも話しかけている。どうしてそんなにフレンドリーなん? もう、勘弁してよ。仕方がなく僕は相手をする。


「何しに来たのですか?」

「ラーメンを食べに来たに決まっているだろ」

「でも、味が気に入らないと言ってましたよね」

「よく聞け巫女。俺はここのラーメンがいけていないと思っている。しかし本当にいけてなかったのか記憶が曖昧なのだ。ハニーがいたから冷静に判断できていなかったかもしれないと確認しに来たのだ。なにしろ、一回、巫女のことを女と勘違いしているからな。いや、もしかしたら女かもしれない。ちょっと確認させろ」

「勘弁してください。そういうことをするのはオシゲさんだけで十分です。それに巫女巫女呼ばないでください」

「何故だ? 巫女と呼ばれたくないなら巫女の格好をするのを止めろ。俺は巫女には特別なこだわりがある。お前みたいに巫女と呼ばれたくない人間が巫女姿をするのは非常に腹立たしい。許せないと言ってもいい」


 その意見は何処かずれている。僕は巫女になりたいわけじゃないって。


「それとも実は単に照れているだけか? よく嫌よ嫌よも好きのうちって言うからな。そうか判ったぞ。ハニーと一緒でお前もツンデレ系だ。俺に気に入られたいがために巫女になっていたのだろう。だが、残念だったな。俺には男色の興味は無い。だから可愛がってやることは出来ないが、今後も神社で巫女姿をするくらいは許可してやろう」


 いやいや、もう本当に勘弁してくださいって。勝手にスルメワールドを展開されても困るんですけど。できれば相手にしたくないところだが、このまま放っておいたならば何を言われることか。


「へぃ。スタミナラーメン一丁ぉぉぉお」


 大将が語尾をやたらと伸ばしながら三条院の前にラーメンを置くと、ラーメン特有の油っぽい匂いが僕たちを包み込む。蒸気が顔にかかると三条院は僕のことなど忘れたかのように箸を手に取り食べ始めた。


若干、拍子抜けしたものの解放されて楽になった僕は皿洗いを始める。手馴れた手つきで洗っていたが、最後のドンブリの洗剤を落としているときに泡が飛んで頬につく。気にせずに流してから三角巾で頬を拭く。洗い終えて一息つき顔を上げると三条院が既にラーメンを食べ終わっていることに気づいた。


「オヤジ。やっぱりいけてないぞ。このラーメンは辛いじゃないか。餡掛けがあるから甘いんじゃないのか? スタミナラーメンは。醤油ラーメンが正当とするならば邪道だろこのラーメンは。どう考えたとしても」

「文句を言うなら素直に醤油ラーメンを注文しやがれ鶏男。お前みたいなのにスタミナなんて必要ない。それとも何か? 朝を告げるのにスタミナが必要とでも言うのか? ならばここで鳴いてみろ。コケコッコーってな」

「誰が鶏男だと。カボチャばかり食べていて頭の中がすかすかになっているのだろうスタミナオヤジが。お前こそ無駄なスタミナをお客様に向かって使う暇があったら少しでも美味しいラーメン作れるように気合を入れやがれ」

「おうおう。黙って聞いていれば好き放題言いやがって。こっちはラーメン作っているときは真剣だ。味に関しての批評も黙って受け入れる。だが、根拠の無い罵倒は別だ。文句を言うなら根拠を出しやがれ、このトサカ野郎」


 カウンターごしに睨み合う二人。意外と似たもの同士だったりして。とは言えこの場は穏便に収めるしかない。


 僕が二人を宥めようと間に入ると、突如、三条院は立ち上がった。


「オヤジ。そんな態度を取っていられるのも今のうちだけだ。後鷹司のとこが終わったらお前を買収してやる。そして毎日、社員食堂でこき使ってやるぜ」


 大将は千円札をカウンターの上に置いて背中を見せてゆっくりと歩き出す三条院の影に向かって荒々しい鼻息を吹きかけている。僕は気にしないで他の仕事に戻るべきだったのだが、無視できない台詞に急いでカウンターを出る。店を出たところで三条院を呼び止めると、彼は振り返って鬱陶しそうな目つきで僕を見た。


「どうした巫女。一昨日ラーメンを奢ったから貸し借りは無いはず。それとも何か俺にお願いでもあるのか?」

「一つ訊いてもいいですか? 後鷹司のとこが終わったら、ってどういう意味ですか?」

「つい口にしてしまったか。今晩九時に発表の予定だが今更大して問題もないだろうから教えてやろう。伝報ホールディングスは後鷹司物産を買収することにした。その後にこのちっぽけな店を買ってやろうってことだ」

「後鷹司物産を買収する? そんなことができるのですか」

「当たり前だろ。株式を公開している以上、買収される可能性はいつだってある。特に安定株主が五十パーセントの株式を抑えていないならばなおさらだ。だから俺たちはTOBを仕掛ける。十分に勝算のある戦いをな」

「TOB?」

「巫女は新聞も読まんのか? 買収相手の株式を市場価格より高い金額で買いますよ。と世間一般に提示して株主から直接株を購入する手法のことだ。もっと分かりやすく言うならば、この店の中にいるラーメンを持っている人に二千円で売ってくださいと頼むようなものだ。中には譲らない人間もいるが、普通の感覚をしていれば千円のラーメンを二千円で買ってくれる人がいるならば売るだろう?」


 確かに。千円のラーメンが二千円で売れるならば飛びつくことは間違いない。少なくとも僕ならば売ってしまう。しかし、それはあくまでもラーメンの話だ。会社という組織ならばそんなに簡単な話でもないだろう。と考えていると、ふと、疑問がわいてくる。


「買収したらリクたちはどうなるのですか?」

「別にどうにもならない。ただ役員が変更になったり資産売却したりすることにはなるだろう。つまり、後鷹司さんは社長で無くなるかもしれないし、巫女が会社の資産を借用して暮らしていると言うならば引っ越す必要が出てくるかもな」


 さらっと言ってくれたけどそれって大問題じゃないの? それに陸香たちの住んでいるところはどういう扱いなんだ? もし、住居も会社の資産だったらその住処を追い出されてしまうわけ? ちょっとそれって酷くない?


「そんなことが許されるのですか。僕だけじゃない。リクだってリクの家族だって幸せになれないじゃないですか」

「勘違いするな。この行為は法律で認められている百パーセント合法的な行為だ。それに買収できるかどうかは伝報ホールディングスの力のみで決まるものではない。後鷹司物産がどのような経営を行ってきたかが見られている」


 僕は三条院の意図が理解できずに首をかしげた。言葉は分かるが中身を完全に理解できないもどかしさを感じながら自分の不勉強さを悟る。何を反論すればいいのか、反論することが出来るかも分からずに口を閉じて三条院のオデコ辺りを見つめる。

 僕が理解できていないことを察知したのか、険しい目つきをしていた三条院が不意に表情を緩めた。


「よし、一つ俺がレクチャーしてやろう。会社の目的とは何だ?」

「社員を幸福にするとか……」


 三条院はニヤニヤしている。今の彼はできの悪い生徒をからかう教師だ。答えを知っていながら答えることが出来ない生徒を視姦している。僕は奥歯を噛み締めながら握りこぶしを固めて教師を睨みつける。


「違う。会社の目的は唯一つ。利益を出すことだ。それ以上でもそれ以下でもない。良く覚えておきな」

「儲けることが目的だなんておかしくないですか」

「ちっともおかしくない。いい製品を作って売って儲ける。多くの人が欲しがれば社員を増やすことも出来るし給料を増やすことも出来る。利益を出してこそ株主も経営者も社員も消費者もハッピーにすることが出来る。さらに、収入が増えれば消費することが出来るから景気も良くなる。これは全て会社が利益を出した結果だ。スタミナラーメンを考えてみろ。美味しければ客も満足するし店も儲かる。さらに沢山の人が来ればバイトも雇ってもらえて金をもらえる。みんなハッピーじゃないか。誰か不幸になる人間がいるのか?」


 両腕を組みながら胸を張って細くした目で僕をねめつけてくる。その勢いに押されて倒れそうになる。


「分かりません。けど、利益を出せばいいような言い方は……」

「駄目なんだよ。利益を出さないと。利益の出せない会社は早晩マーケットから退場することになる。そうでなくても買収されるか株主から突き上げを食らって経営者は追い出される」

「それってもしかして……」

「そうだ。後鷹司物産は既に三期連続赤字で株価も低迷中、個人株主だけでなく機関投資家も現在の経営者に対して怒っているわけだ。何しろ株価が下がるということは見かけ上でも資産が減ることだからな。それを高い株価で買おうって言うのだから飛びつくことは間違いない。誰だって損したくないからな」

「でも、利益が出ないのは景気が悪いからで」

「違う。単年ならば確かにそうかもしれない。想定していない外的要因が発生する場合もあるからな。だが、三年も赤字を続けるのは体制に問題がある。少なくとも経営者が責任を取るべきレベルの話だ。このまま倒産することになってみろ。株主や経営者だけではなく社員だって不幸になる。貧乏になって路頭に迷うことがどんなに不幸なことか理解しているのか?」


 僕は初めて三条院という男を舐めていたことを知った。見かけで判断していたが間違っていた。この男が貧乏が不幸だと断定する理由はその背負っている責任感から来ている。多分、その重さは僕が想像したことなどなく想像することすら出来ないことなのかもしれない。

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