第26話 バイトの引き継ぎ
木曜日、僕と徹は
「へぇい。スタミナラーメン一丁!」
かなりゴキゲンな大将の声が店に響きわたるとレジに立っている徹が体をビクッと震わせた。そう。今日は以前から詩乃と徹とバイトの約束をしていた日だ。だから放課後、さっさと帰宅した僕と徹は楽笑軒で働いている。勿論、神社の方はお休みを頂いている。神社はゴールデンウィークまではそれほど忙しいわけではないそうだ。陸香の母親にお休みの許可をお願いすると、オシゲにお願いするように言われ、オシゲは即答でオッケーしてくれた次第だ。
僕と徹は二人とも学生服から店用の紺色のズボンに楽と大きく書かれたTシャツに着替えている。これが店のユニフォームで、さらに、髪の毛が落ちたりしないよう頭には三角巾のように布を巻いている。
大将は大雑把そうに見えて、衛生面に対して細かく厳しい。清潔でない料理人が美味しいものを作れるはずが無い。という考えが根底にあるようだ。
口うるさい指導を大将にされながら徹は頷く。緊張しているのかいつもより口数が少ない。雑談どころか冗談の一つすら言わずに働いている。以前、僕と一緒に店に食べに来たことがあるから大将が会うのは初めてではない。だが、バイトとして間近でこんなに大将と会話をするのは当然初めてのこと。緊張のあまりに、お嬢さんをください。とか言ったら笑えるのだが、本人をからかったらテンパって丼を割ったりしそうだから余計なことを言わないようにしている。
「僕らの仕事は注文を聞いて、ラーメンが出来たら運んで、お客さんが帰る時にレジをするだけだから、もっと気楽にやろうよ」
「十分、気楽にやってるって」
ロボットのようにカクカクした動きをしながら徹は答える。どこに気楽があるというのか。今の徹は緊張感の塊だ。自分の中で思考をしているのかすら怪しい。だから僕はそんな徹に向かって注文を取りにいけ、とかさっさと水を運べ、と指示を出す。学校でこれほど偉そうな態度を取れば文句の一つでも言われそうだが、今日の徹は大人しく従順だ。ロボットのように命令どおりに動いている。
ああ、偉くなるのってこういう気分なのだろうか。引継ぎをしているという名目で僕は徹をこき使う。従順なのがとても楽しい。勿論、真面目に仕事を覚えてもらうための指示出し、しっかりとフォローはしている。それに僕だって暇ってわけでもない。常連のおばちゃんと、今日もあんま暖かくねっぺ、などと世間話をしている。
気がついたら時計の針が八時を示していた。地方都市の夜は早い。八時ともなれば遅い時間。お客さんのピークは過ぎている。これで一段落付いたな。と僕はカウンターの中で両腕を天井に向かって伸ばした。
「どうした?」
訊いてきた徹がヘロヘロになっている。僕の方が同じことを質問したい。お前こそどうした? 大丈夫か? って。だがバイト初心者の徹に向かって余計なことを言う気にもならない。もう記憶にはないが、僕も初めて手伝った時はこんなだったのだろう。徹のことがとても初々しく感じられて、素直にこれからの時間帯は楽になると説明をする。
「そうなのかなあ。まだお客さん来るんじゃない?」
「チラホラとはね。でも、ピークは過ぎたはずだよ」
テーブルを片付けにいく徹を見送りながら僕がドンブリを洗っていると、入り口の引き戸が大きな音を立てた。
「へぇぃ。らっしゃい」
徹が大きな低い声を出す。大将にかなり似ている。けど、そんなとこ一生懸命に真似をする必要は無いから。もっと、他のところ頑張ろうぜ。と頭を抱えたくなりながら大将を見ると満足気に頷いている。はぅ。こちらもか。仕方がない。ならば僕も同じように、いらっ……。言いかけたところで体が固まる。
モヒカンが見えた。そのモヒカン男はズカズカと店の中を歩いてきて案内をされる前に勝手にカウンターに座る。そして、メニューすら見ずに大将を睨みつける。そして、
「へい、大将! スタミナラーメン大盛り一丁ぉ」
水すら出される前にモヒカンが渋い声で怒鳴りつけるように注文した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます