第24話 ただより高い飯はない

 目の前に置かれたスタミナラーメンの香りと脂っこい湯気が顔にからんできて食欲がそそられる。気がついたら、陸香のことも三条院のことも忘れて、いただきます。と言いながら箸を持っていた。


 危ない。つい一人で勝手に食べてしまうところだった。心のなかで反省しながら横を見ると、陸香も三条院も、ハフハフ言いながら麺を口の中に放り込んでいる。


 何それ。自分たちは興味ありませんよ。みたいな顔していたくせに僕より先にがっついているとは。負けてられない。レンゲでアンを取り口に入れる。そこまでは良かったが、舌で甘みを感じると同時にピリピリした辛さが口内で広がって火を噴出しそうだ。


 辛い! と叫ぶことも出来ずに急いで水を口にふくむと一息つけた。気をつけてと言わないといけないのは僕の方なのにこのざまでは格好悪い。どんぶりから顔を離すと陸香が僕のことを見ていた。


「どうしたの? リク」

「野菜もヘルシーだしスープも結構いける。今まで食べた記憶が無いちょっと変わった味だけどとっても美味しい」


 頷きながら大将に視線を向けると胸を張って嬉しそう。やっぱり、料理人として実力を認められることは素人からでも気分がいいものだろう。


「大したこと無いな」


 話に割り込むように三条院が文句を言う。僕は当人をたしなめようとしたが、三条院はどんぶりを持ち上げてスープを飲み始めた。何か勘違いしているような勢いで飲み干してどんぶりをカウンターの上に置く。


「オヤジ。このラーメンちっともいけてないぞ」


 言っていることとやっていることが違うじゃないか。と攻撃しようとしたが大将は他の客の相手をしていて聞いていない。別段、揉め事を作り出す必要も無い。僕はゆっくりと味わいながら食べる。にぎやかな中で一人ひっそりと食事をするのも妙に心が落ち着けるような気がする。


「オヤジ。俺の話を聞いているのか? どうしてラーメンにカボチャが入っているんだ。俺はカボチャが嫌いなんだ。そもそもカボチャは食べ物じゃないだろ。ハロウィンのときに使うだけのものだろ。つまり、飾りなんだよ。そんなものを食べさせようなんてどういうことだ?」

「何を知った風なことを言っているんだ。ハロウィンのときに使うのはパンプキンだ。パンプキンっていうのはオレンジ色の皮の奴だけを言って、そもそもあれは観賞用でまずい。今、このラーメンの中に入っているのは英語で言うならスクウォッシュって種類のカボチャだ。美味しいだけではなく、カロテンやビタミンを含んでいるから体にもいい。そんなに髪の毛を逆立てている暇があるなら、カボチャでも食べて勉強でもしてろ」


 大将と三条院は睨み合っている。初めて会ったと言うのに犬猿の中だ。特別な臭いでも発散しているのだろうか。ぶっちゃけ、付き合いきれない。僕はスープを飲み干してカウンターの上にゆっくりとどんぶりを置いて陸香を見ると、彼女は半分も進んでおらず、食べ終わるのに時間がかかりそうだった。


「どうしたの?」

「私、辛いの苦手なの。口の中がヒリヒリしてゆっくりでしか食べられなくて」

「そう言えば、動物って辛いものを食べることができるのかな」

「さあ。ペットフードしかあげないから分からないな」

「いつもリクがあげているの?」

「朝はオシゲだけどね」

「ふーん。大変だね」

「仕方が無いよ。それが動物を飼うってことなんだろうから」


 陸香は左手で髪の毛を押さえながら、レンゲでゆっくりとスープを飲んでいる。僕は手持ち無沙汰になっていると横から再び大きな声がした。


「大将。どうしてスタミナラーメンなんだ。どこらへんがスタミナなんだ。スタミナと言えば焼肉とかウナギだろ。ラーメンとちっとも関係ないだろ」

「おいコラこのモヒカン。お前は味覚音痴か」

「なんだと。高級料理しか食べていないこの俺に向かって味覚音痴とは何だ」

「何の肉が入っていたか判らない奴が偉そうに」

「このオヤジ風情が生意気な。レバーの味が判らないとでも思っているのか。食べなくても臭いで判るわ。それ以前に見ただけでレバーって判るだろ食通なら」

「判っていてスタミナがでないって言うんかモヒカン。本当は自分で分かっているんだろ。体中にスタミナがみなぎっていることに。けど、エネルギーを他人に向けたら駄目だ。その有り余るエネルギーは地球温暖化防止に使って見やがれ」


 大将も無茶言うなあ。スタミナラーメン食べて地球温暖化防止が出来るならば、二酸化炭素の排出量削減なんて必要ないじゃないか。

 もっとも、三条院のエネルギー排出量は削減するべきだ。ちゃんと目標を立てて。そうすれば多少は周囲の人間が振り回されずに済むだろうから。

 ウンザリするような気分で二人を見る。

 怒った表情をしているが、他の客の相手もしないといけない大将は適当に三条院のことをあしらっている。同レベルのように見せかけても、さすがは大人だ。

 それに比べて三条院は大将のことをずっと凝視している。百年目の仇に出会ったかのような目つきで今にも飛び掛りそうだ。


「三条院は詩乃のお父さんのことが気に入ったみたいだね」


 体を寄せて囁いてきた陸香の言っている意味が良く分からない。僕はこのとき多分不思議そうな顔をしたのだろう。陸香は三条院の性格の解説を始める。


「どういうわけか二つの思考回路しかないようなの。気に入った人間がいると女なら口説く。男なら喧嘩を売る。この繰り返し。いつも自分に振り向いてもらえるのが当たり前だから他に興味を持ってもらう方法を知らないんじゃないかな。分かりやすくて楽だけど相手にするのは面倒だよね」


 ふーん。そんなものだろうか。そろそろ食べ終わったし帰ろうか。と陸香に尋ねると彼女はすぐに同意した。だから僕と陸香は三条院に視線を送るがこちらに気づいていない。


「三条院さん。そろそろお愛想しますか」


 僕が声をかけると不機嫌そうな表情をしている。まだ大将に文句でも言いたいのだろうか。困ったものだ。


「リク。お金借りていい?」


 これも言いたくない台詞だが無い袖は振れない。どうしようもない。多分、現時点でポケットにあるのは百円玉三枚くらいだ。でも三百円を馬鹿にしてはいけない。ジュースだって三本買えるのだから。スーパーで百円ならばだけど。


「三条院さん。ご馳走様でした」


 陸香は三条院に向かって頭を下げる。


「ちょっと待った。ハニーの分を払うのは構わないがそっちの彼の分まで払う気は無いな。何らかの約束でもしていたと言うならば別だろうが」


 ここは太っ腹なところを見せたほうが格好いいような気もするが……。思っているよりずっとケチなのかもしれない。でも、以前に約束をした記憶があるぞ。


「そう言えば、先日三条院さんが神社に来られたとき奢ってくれる約束をしていただいた記憶があります」

「馬鹿な。俺は男にそんな約束をするはずが無い」

「その時はオシゲさんに巫女の格好をさせられていましたが」

「……」


 三条院は僕の顔を必死に覗き込んでから、突如グイっと身を引く。まるでおぞましいものにでも触れたかのよう。


「あの時は確か……」

「分かった。君の分も払ってあげよう」


 三条院は近づいてきて、それ以上のことを話すんじゃないと言わんばかりに肩の上に手を置く。心配しなくてもいいよ。ギブアンドテイク、貸し借り無し。余計なことは言うつもりはないから。そもそも男に言い寄られた話を陸香にしたいとは思わないって。

 大将に挨拶をしてからお店を出ると三条院が両手を腰に当てて立っていた。こんなところでラジオ体操? って、さすがの三条院もそんなことはするはずないか。


「ではハニー。次のお店でデザートでも食べようか」


 三条院は完全に僕の事を無視して話す。それでもいいか。ラーメン奢ってもらえたし。明日も早いから、さっさと帰って寝ようと思うと学生服の裾をつかまれた。


「申し訳ございませんが今日はもう帰ります。私たち高校生ですし」


 陸香が言うと三条院は僕をつかんでいないほうの陸香の腕を捕まえる。これで僕が三条院と手を握ったら仲良し三人組みたい。などと馬鹿な考えが頭の中をよぎっていくが、事態はそんなに悠長な状態ではない。三条院にはこのまま陸香のことを拉致しそうな勢いがあった。

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