第17話 昼飯のおかずはあんかけ野菜

 正午のサイレンの音が何処からか聞こえてくる。午前中の授業が終わったと言う開放感と午後の授業がまだ残っているという閉塞感に僕は板ばさみなる。てなことを考えていると後ろの座席の徹から背中をつつかれた。


「飯にしようぜ」

「僕もそうしたいけど、昼飯を持っているのは詩乃だからな」


 一人離れた座席の詩乃を見た。窓際で甲斐甲斐しく弁当の準備をしているのを見て僕は自分の座席の向きをひっくり返して徹の席にくっつける。

 そのときにちらりと見たリクの席には誰も座っていなかった。もしかして、先に帰ったのだろうか。僕が考えていると詩乃が大きめの手提げ袋を机に置いた。


「お待たせ。トシが五月蝿いから今日はご飯にしました」


 詩乃に渡された弁当箱を開くとご飯に梅干が真ん中に入っていた。いわゆる、どこからどう見ても百パーセント純粋な日の丸弁当。


「俺、実は日の丸弁当好きなんだよね」


 僕は、おかずなしでご飯を食べようとする徹に待ったの手を差し出す。


「食べないなら俺が全部食べるぜ」

「いやいや、おかずを待っているんですが何か?」

「えっ。あるの?」

「当たり前だろ。なっ、詩乃」

「ふふふ。私を誰だと思っているの」


 詩乃はプラスチックケースを四つ取り出し、そのうちの三つの蓋を開ける。ほのかに脂っこいが美味しそうな匂いが広がる。お店で何度も食べた味が、口の中で勝手に蘇っていく。


「この匂いで見なくてもわかる。スタミナラーメンのあんかけ野菜だな」

「あっ、これ残り物か」


 徹の言葉に詩乃の顔色が一瞬蒼ざめたように変わる。


「僕的には毎日、あんかけ野菜でいいけど。大好物だから。メチャ美味いんだよな」

「そうそう。俺も大好物なんだ野菜。それもあんかけ野菜」

「ほう。私が作るより残り物の方がいいと言うのか。お主ら」

「僕は好きだからね。大将の料理」

「俺は詩乃のサンドイッチの方が好みだぜ。サンドイッチカモーン」

「うんうん。分かってくれるのは徹だけだよ」


 詩乃が腕組みをしながら頷いている。徹は安堵の表情を浮かべながら、そうそうって小鳥が水を飲むかのように顔を上下させる。二人で組んで僕を除け者にしようという作戦だろうが甘い。ふっ。二人で話をしているうちにこちらはデザートが食べ放題さ。僕は最後のケースを開けて爪楊枝でデザートのバナナを食べ始める。


「おぬし、何をしているのだ」

「ふふふ。デザート様は全て僕のものだ」

「ああっ、デザートを先に食べるなんてありえない。そんなことしたらどうなるか判っているよね」

「何を言っている詩乃。知っての通り我が家では早食いが正義」

「トシ。学校は家とは違うぜ」

「明日から、トシの量を半分にするよ」

「それ、反則……。二人共、僕が悪かった」


 伝家の宝刀を出されたら僕に勝ち目はない。椅子を傾けながら両手を伸ばす。倒れそうになって後ろを向いた。視界の片隅に陸香を認めた。いつ、席に戻ってきたのだろう。学食にでも行っていたのだろうか? いや、そんなはずは無い。オシゲがお弁当を作っているはずだ。ならば今から食べるのだろうか。


「トシ。声をかけてこようか?」


 突然の言葉に驚いて徹の表情を見る。僕のことをからかっていったのか。と思ったのだが、徹はいつもより真剣な表情だった。


「えっ? 何の話?」

「気にするなって。俺に任せろ」


 徹は立ち上がり陸香の席に向かっていく。まさか、一緒に昼ごはんを食べようと声をかけようとしているのか? 徹め、そんな無謀なことを。思わず僕のほうが緊張してきた。見ていられなくなって視線を逸らすと教室で食事をしている幾人かが徹に注目していることに気づいた。


 陸香は特定のグループに属していない。孤立しているわけではないが、不思議と同級生とは距離をとっているように見えた。また、早退することが多いだけでなく、ビロウドのような透明感のある肌が陸香を病弱な生徒とのイメージを植えつけている。だから強引に誘う人もいなかった。それでも陸香がどのグループに入るかは重要な関心事項だ。なぜなら陸香のようなインパクトのある存在はグループ間の力関係に影響する。


 女子って面倒だな。そう考えながら僕は目の前の詩乃に視線を移動させる。徹はどう考えても突っ走りすぎだ。詩乃の意見を聞いてからでも遅くなかったのに。勿論、反対することはないだろうけどと思って詩乃を見ると、詩乃は口を半開きにして徹の姿を視線で追っている。


「どうしたの?」

「ううん。徹って、時々、驚くほど積極的な行動をとるなって思って」

「確かに。でも、奴の意味不明な行動に助けられたこともあるからなんとも言えないけどね」

「まあ、学園のアイドルが徹ごときに唆されて私たちと昼食をとろうなんてことありえへん」

「詩乃。気をつけないと似非関西人になってしまうで」

「あんさんに言われたくないで」

 本物の関西人がいたら激怒されそうな会話で僕と詩乃は和んでいた。いつもと同じように何も変わらないと思って表面上の会話を続けていた。ただ、僕と詩乃の視線は徹と陸香に釘付けだった。いや、僕たちだけじゃない。教室の中にいる人たちはみんな二人の様子を観察していた。


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