第七話 破戒僧
ショーンの処遇についての話しの大枠はまとまり、用件を終えた集落の長は寺院を後にした。
長を丁重に外までお見送りしたウェンシィウ師と小僧が展望台へ戻って来る。棚から
「……っぷぁ。旨え。疲れが吹っ飛ぶ」
「
無駄だとはわかっていても、小僧がウェンを
「弟子に耳を貸さず、昼間っから飲んだくれるなんて、
ウェンは大声で笑って言い放った。
「ハハッ! 人生なんて苦難の道しかないんだ。だったら今を充実させて生きなきゃな。面倒くさい『
ショーンにはさっきまでの姿勢を正し、穏やかな微笑みを浮かべていたウェンシィウと、今のウェンがとても同一人物だとは思えなかった。
「この集落の人と同じ仏教徒だとは思えない。僕が仏教の宗教観を理解できないのは間違いなくウェンのせいだ」
アンディの非難を、ウェンが酒を注ぎながら返す刀でバッサリ切り返す。
「アンディ、そんなに硬い頭じゃ、あんたが仏教を理解するには軽く五十二億年はかかるだろうな」
「
そう言いながら、ウェンはまた茶碗の中身を一気に空にした。
「ウェン、あんたさっき手伝うって言ってたでしょ。アンディだけに責任を負わせるつもり?」
詰問気味に迫るリンに、ウェンは左手をひらひら振りながらニヤついてそっぽを向く。
「姉貴もわかってるはずだ。俺の性格。テキトーで、調子が良くて、無責任なヤツだって。大丈夫、アンディなら上手くやれるさ」
リンは右手でウェンの頭頂部を
「あ・た・し・の・性格! 思い出させて! や・ろ・う・か!」
ウェンは身体をひらりと回転させ、リンの拘束を振り
「上等だ! 姉貴が修練をサボってたかどうか、確認してやぶぉッ!」
リンが放った
「……ふん。ゴチャゴチャ言うから、やっぱりぶっ飛ばすことになっちゃったじゃない!」
ショーンはリンの掌底の威力に目を丸くして固まった。お頭や兄貴分たちが振るっていた力任せの暴力とは全く別次元の打撃を、
アンディが立ち上がり、倒れたウェンの様子を見に
「くっ……不意打ちとは
ウェンを
「挑発なんてするから……まあ、口先だけは、君は負けてないよ」
「……まだまだ、俺の酔拳を見せてやる」
立ち上がったウェンは、アンディから素早く離れると酒瓶を掴んで一口
「……酔拳とか言っちゃって、ホントにバカなの?」
それからウェンとリンは素早い身のこなしで次々と拳技や脚技を繰り出す。お互い受け身を取ったり拳や蹴りをギリギリで
永遠に続くかと思える技の応酬だったが、決着の瞬間はあっけなかった。
ウェンの繰り出した右拳を上に跳ね上げ、左腕を掴んでリンは転身し、背中でガラ空きになったウェンの身体に体当たりをした。
ウェンはまたも壁際まで見事に吹っ飛んで行き、倒れ伏した。
「ま、参った……」
ウェンは
ショーンは、リンだけは怒らせてはいけない存在だと改めて認識した。
この派手な姉弟喧嘩の光景も、この集落へ訪れた時の恒例行事のようなものだった。彼らが言うには、喧嘩ではなく
リンは倒れているウェンの
「えっと、ショーンもいるし、今回はここまでにしといてあげるけど……まだゴチャゴチャ言うなら、いつでもかかって来なさい」
今しがた姉に言われた小言など、全く気にする
「さてと。姉貴のお小言も終わったことだし、そろそろ駐車場へ行こうぜ。ゴローたちが首を長くして待ってるだろうしさ!」
「そうだね。荷解きの手伝いに行かなきゃ。それに、明日からの納品や販売の準備もしないと……」
アンディが残りの作業を頭に巡らせ、言った。
「そんなのは姉貴に任せときゃいいよ。何より、みんな無事に着いてよかった。毎日祈ってた
ショーンは集落の人々の暮らしが全く想像できていなかったが、疑問に思っていたことをアンディに
「なぁ、アンディ。ここの集落の人たちは、みんな……リンやウェンのような……あんな凄い動きで、喧嘩するのか?」
ショーンの言葉が
「さっきのは俺と姉貴の挨拶みたいなもんだ」
ショーンは今までの人生でこんなにも短時間でたくさんの驚きと発見を目の当たりにしたことはなかった。今日一日で、良くも悪くも本当に様々な体験をした。自分がどれだけものを知らずに、何も考えずに生きて来たのかを思い知った。
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