第六話 ウェンシウ師
像の内部は施設としての機能がある程度残っていた。地面に崩れ落ちた下半身部分は失われていたが、上半身にあたる一部の施設や展望台などは多少斜めに傾いていたものの、使用することができるくらいには残存していた。ただ、中央のエレベータシャフトは破損して使い物にならず、階層の移動には鉄骨や廃品を利用した
入口と
二人は長とリンを目にすると、右拳に左の手のひらを合わせて一礼した。
展望台から様子を見ていた
「ウェンシィウ師にご相談があって参った。お目通り願いたい旨を伝えていただけるか」
少年は大きな返事をして、建物の奥で座っている法衣を着た男に用件を伝えた。すると、すぐに法衣の男が立ち上がり、入口に向かってゆっくりと歩み寄る。そして言った。
「どうぞ、中へ。用件は上でお伺いしますので先に展望台へお進みください」
建物の中は暗かったが、
「この方は、初めてここへ訪れなすったんですね。ここは
法衣の男が説明したが、ショーン本人はその説明は理解できず、この部屋が何のために作られたのか想像もつかない。ただ、これらは法衣の男たちにとって大切なものであることを感じた。
リンたちが梯子を登って上の階へ移動して行った。ショーンも着いて行こうとしたが、両手が縛られているため、梯子の下で動くに動けなくなった。アンディがそれに気づいて梯子を降りて来たが、その前に法衣の男がショーンの背後へ周り、捕縛していたロープを
「登るのには、
「ごめん、ショーン。忘れてた!
ウェン、縄を解いちゃってるけど大丈夫?」
「構いません。それに廃墟とは言え、展望台からの見晴らしはとてもいいですからね。ぜひ見ていただきたい」
ショーンはこんなにも簡単に縄を解いてしまった法衣の男の行動に驚いていた。
「さ、私はお茶の準備をしますので、上の階でしばしお待ちください」
法衣の男の言葉は
梯子を登り
アンディが側に立って言った。
「こうして廃墟を見下ろすと、僕らは本当に瓦礫と残骸の中で生きているのだと思い知る……不思議な光景だろ?」
「俺は……こんな風に、瓦礫の山を見下ろしたことがなかった……」
窓の外を驚きに満ちた表情で見つめるショーンの様子に、アンディは微笑んで、テーブルに着くよう彼を促した。
しばらくすると法衣の男が器用にトレイを片手に梯子を登って来た。
斜めになった建物に合わせ、足が斜めにカットされたテーブルに茶碗を並べて行く。茶碗にはお茶が注がれていたが、ショーンにとっては未知の薄い緑色の液体でしかなかった。
長が礼を言いつつ茶碗を取り、中身を
「変なものは入ってないよ。多少苦いかも知れないけどね」
アンディもそう言いながら茶を啜った。
手に取ると、茶碗のじんわりと温かい感触が伝わって来る。ショーンはアンディの真似をして中身を啜った。
「に、苦い……」
その様子にアンディがフッと笑った。
「その子とはお初ですね。私はソン・ウェンシィウ、この寺院の僧侶です」
こうした自己紹介にはまだ慣れないが、ショーンは自分の名前を口に出した。
「……ショーン」
ウェンシィウは穏やかに笑って
それから話し合いが始まると、まずアンディがショーンを保護した
「僕らが集落の前で倒れていたショーンを発見し、保護しました。彼は賊徒の下っ端です。行商を襲った際にドローンが現れ、賊徒のリーダーはドローンを引きつけて去るように彼に命じたそうです。見つけた時には地面に倒れていて、
長がその後を続ける。
「団長は滞在中は彼を監視すると言ってはくれているのだが……丸腰とは言え、賊徒を集落に置いておくのは、人々の安全を考えると私の一存では決められず、こうしてウェンシィウ師にご意見を伺いに参った」
二人の話を聞き終え、ウェンシィウがアンディに
「アンディ、あなたはどうしてこの方……ショーンを引き取ろうと思ったのですか?」
「僕の子供の頃に経験した苦い思い出と、ドローンに追われたショーンの境遇に重なるものを感じて……。僕は、その際にとてもかけがえのない人物に出会い、そして自分の人生をやり直すことができました。そのチャンスがなければ、今こうして行商をやっていないでしょう。だから、彼が望むのであれば、人生を変える手伝いをしたいと、そう思いました。そう簡単なことではないとはわかっていますが、より良い別の人生を歩んで行けるのであればと。それ以外の他意はありません」
ウェンシィウはアンディの言葉が終わるまで黙って耳を傾け、そしてゆっくりと頷きながら話し始めた。
「なるほど。ご自分でも
ですが私としてはアンディ、あなたの決めた道を否定する理由もないのです。ですからあなたの気が済むようになさるが良い。
ただ、行商団が滞在中に彼を集落の中に置いておく、と言う件については、長の懸念は
ウェンシィウは一息入れて茶を口に含む。そして、アンディとショーンを交互に
「集落の
アンディが思うほど簡単なことではないかも知れませんが、本人が何らかの
もちろん、これまでに犯して来た罪を清算することはできませんし、彼だけではなく、周りが彼を理解し、納得しない限りは
ですが、仏門に身を置く立場として言うならば、彼が人として生きる道へ導くのは当然なことだと思っています。
彼が、人としての生き方を知り、人と共に生き、入滅を迎える前に何を
彼は、これまでの賊徒としての生き方が全てで、他の生きる道を知らずにいたのでしょう。仏教徒が使う言葉としては適当ではないですが、無知の知、と言う考え方もあります。知らないこと、それは彼の落ち度ではない。そこから気づき、より良く考えることができるようになれば、自ずと自分の道を切り
仲間から見捨てられた彼を、アンディは見捨てずに助けたことは、まさに
ウェンシィウの話が終わり、少しの沈黙が流れる。
長が重苦しくも頷き、言った。
「ウェンシィウ師が仰る意味はわかり申した。だが、住民の感情を
その上で、ウェンシィウ師のお考えも考慮して、アンディ団長ら行商団の監視の
「ありがとうございます。それで構いません。決して集落にはご迷惑をおかけいたしませんので」
アンディはきっぱりと言い切った。
ショーンは何故アンディがここまで食い下がるのかは理解できなかったが、自分の近い未来が、少なくとも
その様子を見て、アンディはひとつ問題が片づき、肩の荷が少し軽くなったような気がした。
だが、まだこれは始まりに過ぎない……そう思い直し、
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