第六話 ウェンシウ師

 像の内部は施設としての機能がある程度残っていた。地面に崩れ落ちた下半身部分は失われていたが、上半身にあたる一部の施設や展望台などは多少斜めに傾いていたものの、使用することができるくらいには残存していた。ただ、中央のエレベータシャフトは破損して使い物にならず、階層の移動には鉄骨や廃品を利用した梯子はしごを使って行なっていた。

 入口とおぼしき場所には二人の護衛が立っていた。ゴローよりサイズが一回り小さいくらいだが、どちらも屈強でかつ洗練された筋肉の付き方をしている。

 二人は長とリンを目にすると、右拳に左の手のひらを合わせて一礼した。

 展望台から様子を見ていた作務衣さむえを着た少年が梯子から降りて来て、入口の一行を出迎えた。長が来訪の用件を伝える。


「ウェンシィウ師にご相談があって参った。お目通り願いたい旨を伝えていただけるか」


 少年は大きな返事をして、建物の奥で座っている法衣を着た男に用件を伝えた。すると、すぐに法衣の男が立ち上がり、入口に向かってゆっくりと歩み寄る。そして言った。


「どうぞ、中へ。用件は上でお伺いしますので先に展望台へお進みください」


 建物の中は暗かったが、時折ときおりひび割れた隙間から差すの光で壁一面が金色に輝く素材で覆われているのがわかる。ショーンは物珍しさも手伝って、金の壁に描かれた紋様に目を奪われた。どれもこれも初めて見る不可思議なデザインだった。


「この方は、初めてここへ訪れなすったんですね。ここは仏舎利ぶっしゃりが収められた場所。壁には釈尊しゃくそんの誕生と入滅にゅうめつまでの軌跡が描かれています」


 法衣の男が説明したが、ショーン本人はその説明は理解できず、この部屋が何のために作られたのか想像もつかない。ただ、これらは法衣の男たちにとって大切なものであることを感じた。

 リンたちが梯子を登って上の階へ移動して行った。ショーンも着いて行こうとしたが、両手が縛られているため、梯子の下で動くに動けなくなった。アンディがそれに気づいて梯子を降りて来たが、その前に法衣の男がショーンの背後へ周り、捕縛していたロープをほどきながら声をかけた。


「登るのには、難儀なんぎでしょう」


「ごめん、ショーン。忘れてた!

 ウェン、縄を解いちゃってるけど大丈夫?」


「構いません。それに廃墟とは言え、展望台からの見晴らしはとてもいいですからね。ぜひ見ていただきたい」


 ショーンはこんなにも簡単に縄を解いてしまった法衣の男の行動に驚いていた。


「さ、私はお茶の準備をしますので、上の階でしばしお待ちください」


 法衣の男の言葉はつかみどころがない。返す言葉も思いつかず、促されるまま、梯子を登って行った。


 梯子を登りえ、光の差す方を見ると一面の廃墟が目に飛び込んできた。窓の側に立つと集落の入口や、駐車場に停まっているトレーラーや荷解きに勤しむメンバーたちの様子が窺える。


 アンディが側に立って言った。


「こうして廃墟を見下ろすと、僕らは本当に瓦礫と残骸の中で生きているのだと思い知る……不思議な光景だろ?」


「俺は……こんな風に、瓦礫の山を見下ろしたことがなかった……」


 窓の外を驚きに満ちた表情で見つめるショーンの様子に、アンディは微笑んで、テーブルに着くよう彼を促した。



 しばらくすると法衣の男が器用にトレイを片手に梯子を登って来た。

 斜めになった建物に合わせ、足が斜めにカットされたテーブルに茶碗を並べて行く。茶碗にはお茶が注がれていたが、ショーンにとっては未知の薄い緑色の液体でしかなかった。

 長が礼を言いつつ茶碗を取り、中身をすする。ショーンは自分の前に置かれた茶碗と中身をじっと見つめていた。


「変なものは入ってないよ。多少苦いかも知れないけどね」


 アンディもそう言いながら茶を啜った。


 手に取ると、茶碗のじんわりと温かい感触が伝わって来る。ショーンはアンディの真似をして中身を啜った。


「に、苦い……」


 その様子にアンディがフッと笑った。


「その子とはお初ですね。私はソン・ウェンシィウ、この寺院の僧侶です」


 こうした自己紹介にはまだ慣れないが、ショーンは自分の名前を口に出した。


「……ショーン」


 ウェンシィウは穏やかに笑ってうなずいた。



 それから話し合いが始まると、まずアンディがショーンを保護した経緯けいいを説明した。


「僕らが集落の前で倒れていたショーンを発見し、保護しました。彼は賊徒の下っ端です。行商を襲った際にドローンが現れ、賊徒のリーダーはドローンを引きつけて去るように彼に命じたそうです。見つけた時には地面に倒れていて、ひどい怪我を負っていました。丸腰まるごしで倒れていたので見過ごせず、こうして集落に立ち入らせてしまいました」


 長がその後を続ける。


「団長は滞在中は彼を監視すると言ってはくれているのだが……丸腰とは言え、賊徒を集落に置いておくのは、人々の安全を考えると私の一存では決められず、こうしてウェンシィウ師にご意見を伺いに参った」


 二人の話を聞き終え、ウェンシィウがアンディにたずねた。


「アンディ、あなたはどうしてこの方……ショーンを引き取ろうと思ったのですか?」


「僕の子供の頃に経験した苦い思い出と、ドローンに追われたショーンの境遇に重なるものを感じて……。僕は、その際にとてもかけがえのない人物に出会い、そして自分の人生をやり直すことができました。そのチャンスがなければ、今こうして行商をやっていないでしょう。だから、彼が望むのであれば、人生を変える手伝いをしたいと、そう思いました。そう簡単なことではないとはわかっていますが、より良い別の人生を歩んで行けるのであればと。それ以外の他意はありません」


 ウェンシィウはアンディの言葉が終わるまで黙って耳を傾け、そしてゆっくりと頷きながら話し始めた。


「なるほど。ご自分でもおっしゃった通り、それは困難をきわめる道でしょうね。賊徒から足を洗ったという例はいまだ聞いたことはありません。

 ですが私としてはアンディ、あなたの決めた道を否定する理由もないのです。ですからあなたの気が済むようになさるが良い。

 ただ、行商団が滞在中に彼を集落の中に置いておく、と言う件については、長の懸念はもっともなことです。集落は狭い。吹聴ふいちょうして周ることはせずとも、おのずと彼の素性は直ぐに知れ渡るでしょう」


 ウェンシィウは一息入れて茶を口に含む。そして、アンディとショーンを交互に見据みすえて、更に話しを続けた。


「集落のみなに理解を求めたところで、納得してくれる者は少ない……恐らく皆無と言ってもいいかも知れません。賊徒には何度も辛酸をめさせられて来たのですから。

 アンディが思うほど簡単なことではないかも知れませんが、本人が何らかのあかしを立てられるのであれば、拒む理由はありません。現に彼は私たちに敵意をいだいていない。

 もちろん、これまでに犯して来た罪を清算することはできませんし、彼だけではなく、周りが彼を理解し、納得しない限りは軋轢あつれきは生まれるでしょう。

 ですが、仏門に身を置く立場として言うならば、彼が人として生きる道へ導くのは当然なことだと思っています。

 彼が、人としての生き方を知り、人と共に生き、入滅を迎える前に何をすべきなのか……気づき、導きの一助となることが私たちのあるべき姿だと思うのです。

 彼は、これまでの賊徒としての生き方が全てで、他の生きる道を知らずにいたのでしょう。仏教徒が使う言葉としては適当ではないですが、無知の知、と言う考え方もあります。知らないこと、それは彼の落ち度ではない。そこから気づき、より良く考えることができるようになれば、自ずと自分の道を切りひらけるのです。

 仲間から見捨てられた彼を、アンディは見捨てずに助けたことは、まさに御仏みほとけおぼし召し、因果なのかも知れませんね」


 ウェンシィウの話が終わり、少しの沈黙が流れる。


 長が重苦しくも頷き、言った。


「ウェンシィウ師が仰る意味はわかり申した。だが、住民の感情をかんがみれば、賊徒を野放しで集落の中に置くのはやはり難しい。

 その上で、ウェンシィウ師のお考えも考慮して、アンディ団長ら行商団の監視のもとで、その責を負うと言うのであれば、一時的な滞在を認める。もし人的被害などの騒ぎを起こせば追放する……と言う方針でよろしいか?」


「ありがとうございます。それで構いません。決して集落にはご迷惑をおかけいたしませんので」


 アンディはきっぱりと言い切った。


 ショーンは何故アンディがここまで食い下がるのかは理解できなかったが、自分の近い未来が、少なくとも身包みぐるみをがれて荒野に捨てられるのではないと知り、安堵あんどのため息を漏らした。

 その様子を見て、アンディはひとつ問題が片づき、肩の荷が少し軽くなったような気がした。


 だが、まだこれは始まりに過ぎない……そう思い直し、ゆるみかけた気を引き締めた。

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