第五話 寺院跡

 アンディは不本意ではあったものの、ショーンに断りを入れ、後ろ手にロープでくくった。捕縛もせずにショーンを連れて行こうとしたアンディを、ゴローもリンも見咎みとがめたからだった。これに他のメンバーも二人に同意した。彼らの猛反発にアンディは予想以上に事が大きいことを認識して、渋々それに従わざるを得なかった。よくよく考えれば賊徒を連れ歩くのだから至極しごく当然なことでもあり、アンディはそれに従う他になかった。


「痛くはないかい?」


 捕縛するロープの痛みを気遣きづかうアンディ。逆に、自分の置かれている立場を知るショーンの方が気を遣った。


「疑われないようにするなら、もっとキツく縛った方がいい」


 自分への気遣いを察して、少し気恥ずかしさを感じたアンディは、頭をきながら弁明する。


「別にだまそうって訳じゃないからね。形式上の捕縛だから……集落の人々を無為むいに怖がらせないようにね」


 長の元へ連れて行くのだから捕縛されるのは当然だ。と言うか何もせずに連れ歩こうとしているアンディがどうかしていると、ショーンですらそう思っていた。

 リンもゴローも、行商団のメンバーも、アンディの甘さとも言える優しさに半ばあきれつつも、その優しさが彼について行く大きな理由のひとつでもあった。

 行商団の作業をゴローに任せ、アンディとリンは、ショーンを連れておさの家へと向かった。


 今までは集落には襲撃と略奪を目的として来るだけで、こうして集落の中を歩いてうかがう機会はなかった。それでも今まで見た他の集落よりも瓦礫や残骸が片付けられて、道をふさぐ障害物が少ないことに気がついた。恐らく普段から念入りに掃除や片づけを行なっているのだと思い至り、何故集落の人々はそんな面倒なことをするんだろうとショーンは不思議に思っていた。



 長の家の付近へ来ると、長は家の前でアンディを待っていた。


「その男が賊徒か。思ったより小さいな」


 また背格好のことを言われ、ショーンはあまりいい気分ではなかったが顔には出さないようにした。


「はい、お手数をおかけします。えっと、着いて来る自警団員はいないんですか?」


 アンディは慎重な長のことだから、自警団を護衛に呼んでいると思っていた。長は何故か自信にあふれた調子で言い放った。


あなどっている訳ではないが、タカが賊徒ひとりだし、これから行く先には自警団よりも強い者たちが揃っているからな。それに、リン嬢が同行してくれているなら、万が一にもその心配はないだろう」


 リンが嬉々ききとして言った。


「その通り。もしショーンが変な気を起こして暴れたりしたら、あたしがぶっ飛ばす」


 そうなれば小柄なショーンはどこまでぶっ飛んで行くだろうか……何とも剣呑なことをさらりと言ってのけるリンに、アンディは苦笑いを浮かべる。

 そのまま長の家には入らず、また別の何処どこかへ連れて行かれるショーンは底知れぬ違和感と不安感を覚えた。リンはともかく、自警団より強い相手がいる場所を想像するだけで暗い気持ちになる。苦痛に満ちた尋問じんもんを受けるのか、と。


「俺を尋問したって、何も教えられることはない。兄貴たちは大勢死んだし、根城の場所だってどこだか覚えてないし……」


 思わず口走って、ショーンは軽はずみに状況を話したことを後悔して口をつぐんだ。

 長はふん、と鼻を鳴らして言った。


「お前みたいな下っ端から聞き出せることなんかタカが知れてる。我々は、無抵抗な相手に自尊心や支配欲を満たすような真似はせんよ」


 ショーンにとって、長の言葉の意味は今ひとつ測りかねたが、それでも危害を加えられる恐れがないことはわかった。

 アンディと長は、行商団が持って来た改良型のジャミングユニットについて話し合っていた。ショーンは何のことかさっぱりわからないのでうつむきながら黙って歩き続ける。リンに促され、顔を上げると集落の外から見えていた、大きな像が目に入った。意外とどころか、その建造物は想像以上に大きかった。思わずショーンは上を仰ぎ見る。

 像は上半身のみ現存していたが、基部から頭頂部までおよそ四十メートルの高さがあった。これで下半身も残っていれば百メートル以上の像ということになる。ショーンがバギーの後部座席で真似た指の長さでさえ、彼の身長の三倍以上はあった。手のひら全体では身長の十倍でも足りないほど大きい。

 像の胸部は窓のような長方形の穴がいくつも開いており、人が入れる空間が内部に広がっている。窓には人影があり、そこから長やアンディたちがやって来る様子を見下ろしているようだった。

 像の顔はただでさえ無表情なのに、半分欠け落ちていることが異様な冷たさを増長させ、片目からは見透かすような視線が投げかけられている気がして、妙にショーンの心をざわつかせた。

 最初は気のせいと思っていたが、巨大な仏像の下へ近づくにつれ、奇妙で不気味な抑揚をつけて呟くような声が聞こえ始めていた。ショーンにはこの世のものとは思えぬおぞましさを感じ、恐怖に顔が引きった。今までに感じたことのない不安感は、とても簡単には拭い去ることのできないものだった。

 ショーンの顔が引き攣ったのを見て、リンが補足説明を行った。


「あれは読経どきょうって言う、仏教の経典きょうてんを読み上げる声。初めて聞くと確かに怖いかもね」


 リンに説明されても、それがどう言うことなのか頭に入って来ない。正体不明のうめき声にしか感じられない読経の唱和は、ショーンにとって理解が及ばぬ未知の声でしかなかった。

 思わず口から不安を表す言葉がいて出る。


「ひ、人なのか……?」


 長とリンは、とても賊徒の言葉とは思えず、失笑してしまう。何故笑われたのかショーンはわからなかったが、その様子を見てそれほど危険なものではないことを知った。


 

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