第三話 行商団

 それからほどなくして、リンからのコールを受け取ったゴローたちのバギーとトレーラーが合流した。

 ショーンは乗りつけて来る自動車に驚き、見入みいっていた。この時代では走行可能なクルマは大変稀少きしょうで、しかもこの行商団は大きなトレーラーまで走らせていた。それに加え、燃料も貴重品だったから驚くのも無理はない。

 賊徒たちはクルマの行商を襲うことはほとんどしなかった。徒歩では追いつくことはできないし、仮に停車時に襲撃したとしても、クルマに積まれた重火器でぎ払われるからだ。賊徒にとってクルマは、自分たちが支配できる相手ではなく、賊をまとめる頭目とうもくよりもはるかに上位の、畏怖いふの対象だった。


 到着したバギーの助手席から飛び降りて来た大男が、アンディに笑いながらいた。


「こいつがその行き倒れの賊徒か? まだちいせえガキじゃねえか」


 確かにショーンは小柄こがらで年齢も十三~十四歳くらいに見える。まだ少年と言ってもいいくらいの背恰好せかっこうだった。実際まだ成長期ではあったが、栄養状態が悪く、身体の成長に悪影響を与えていたためだった。小柄なことを気にしていたショーンはガキだと言われたことに腹を立てたが、この状況で口答えすればひどい目にうのはわかっていたので黙って耐えた。

 その大男は急に凄味すごみを効かせた怒りの表情になり、腰のホルスターに手をかけながら、低い声でショーンに向かってつぶやいた。


「まあ、ガキだって理由だけじゃ……生かして置けねえけどな」


 大男の呟きと銃器を取り出そうとする動きに死の恐怖を感じたショーンが身を強張こわばらせる。リンは小さくジャンプして大男の頭を引っぱたいて制した。


「ゴロー、あたしたちは賊徒とは違うの。そんなに簡単に生命を奪ってたら、あいつらと一緒じゃない!」


 リンの剣幕けんまくと叩かれた勢いに飲まれ、ゴローと呼ばれた大男がたじろぐ。そしてまるで母親に叱られている子供のように小さくなった。確かにリンは体術を修練しており、その小さな体躯たいくでゴローを簡単に跳ね飛ばす技を持っている。恐らくリンに吹っ飛ばされた記憶が脳裡に焼き付いているのだろう……と、その様子に苦笑しながらアンディが言う。


「ひとまず、彼からここにいる経緯けいいを聞き出そうと思う。もしかすると仲間の賊徒が助けに来ないとも限らないし、その情報を……」


「それは、絶対にない」


 ショーンは確信を持ってきっぱりと否定した。実際に言葉にして見ると、あの時に心を抉った痛みがよみがえる。現実をまざまざと理解したショーンの表情が暗く曇った。


「え?」


 三人は声を揃えてその否定に軽く驚きの声を上げた。ショーンは手短に自分が何故なぜここにいるかの理由を呟く。


「俺は、お頭に見限られ、囮になってドローンを引きつけろって追い出された」


「……詳しく聞かせてくれ」


 アンディに促され、ショーンは行商の一団を襲ったこと、行商が荷車を置いて逃げたこと、タイミング悪くドローンに襲われ、お頭におどされてドローンを引きつけ、ここまで逃げて来たことをポツポツと説明した。


「ひどッ……自分の仲間をドローンの囮に使うなんて!」


 リンが憤慨ふんがいして言う。それは尤もだと思いつつ、アンディは先日、ある集落の傭兵団から聞いていた作戦と符合する部分に気づき、少し思案してそのことを口にした。


「詳しいことは言えないが、彼が言ってることはおおむね正しいと思う」


「あの件か?」


 ゴローもその件については聞かされていた。ある集落の傭兵団が、賊徒とドローンを一掃し、廃墟を集落として取り返すための作戦を立てており、その試験をじきに行うため、アンディたち行商団への協力を要請して来ていた。

 ジャミングユニットを全く反対の極性、つまりドローンを寄せつける機能に切り替えて、賊徒の根城に置いてドローンと賊徒を戦わせる。ドローンが賊徒を粗方あらかた駆除した頃を見計みはからって、その装置に仕掛けた爆弾を炸裂させ、集まっていたドローンごと消し去ると言うものだ。

 大口おおぐちの依頼ではあったものの、アンディは物資の供与にとどめ、積極的にその作戦に関わるつもりはなかった。


「そうだと思う。多分、彼の賊徒のグループで実験したんだろうな。僕はトラウマじみた経験があるから、あまり賛成できなかったけどね」


 賊徒に追われた崖山での体験を思い出すたびに、苦くも懐かしい記憶が甦り、アンディは何とも言えない気分になった。そして偶然にも似た状況を体験した、このショーンと言う男に同情に近い、憐憫れんびんの念を抱いていた。


「まぁ、その件についちゃ俺もアンディと同意見ではあるが……ただ、こいつの仲間がどうなろうと、同情する気なんか、さらさらねえけどな」


「……恐らく壊滅的なダメージを受けただろう。そう考えると、すぐに彼の仲間が彼を助けにここまで来るとは考えにくい」


「だとして、こいつはどうすんだ?」


「うん…………」


 ゴローの問いにアンディは思案顔になって黙り込んだ。その顔を見るなり、ゴローはアンディが考えていることを察して釘を刺す。


「おい、アンディ……まさか俺たちと一緒に集落へ入れるとか、おかしなこと考えてんじゃねえだろうな?」


「ゴロー。どうやら僕は、そのおかしなことを考えているようだ。それが正しいのか、それで何が起こるか、自分でもわかんないんだけどね」


 ゴローは天をあおいで額に手を当てる。そしてアンディに向き直って言い返す。


「あのな、俺はお前のことを心配して……」


「ただ、チャンスがあるなら、もう一度彼に人生をやり直してほしいと思ったんだ」


 アンディは心を決めたら中々折れない。それを知っているだけに、尚更なおさらゴローは声を荒げて叫んだ。


「勝手にしろ! お前のお節介せっかいは度が過ぎる。それに、この集落は何度も賊徒の襲撃を受けてるんだ! どうなっても知らんぞ、俺は!」


 ゴローは怒りを抑えられず、足元の瓦礫を蹴り飛ばしてその場から離れ、バギーへ戻って行った。


「ゴロー……怒らせちゃったな」


 肩をすくめてアンディは声を落とした。ゴローの気遣いはありがたかった。自分でも自身の浅はかで強情な子供の頃から変わっていない性格にあきれることもある。去って行くゴローに続けて、リンがいさめるようにアンディに言った。


「まぁ、仕方ないんじゃない? ゴローが怒る気持ち、あたしも、わかるからね。本人を目の前にして言うことじゃないけど、この人は賊徒なのよ。集落に迷惑をかけるかも知れないし、集落の人たちが知ったら、それこそ袋叩きにされるかも。もしそうなったら、あんたは信用を失って、あんたが傷つくことになる……。

 でも、あんたは誰にでも優し過ぎるし、その生き方を変えるのは難しいのも知ってるから……ゴローもそれを知ってるから、怒ってくれてるの。あたしもだけどね」


「ありがとう。二人の気持ちは充分わかってるつもりだ。人は……そんなに簡単に変わるもんじゃないかも知れない。でも、変わるきっかけさえあれば、前を向いて歩き出せることだってある。僕もそうだったから」


 リンは、盛大なため息をき、言った。


「あんたって、本当に強情なお人好しよね……」


「強情はともかく、こんな瓦礫の世界にだってお人好しはいくらでもいるじゃないか。僕以外にも……君やゴローもそうだし。君のお祖父じいさんなんか、僕が知る中で世界最大級のお人好し代表だと思うよ」


「そうね。ユーじいちゃんは、確かに、特殊かも」


 二人は突然噴き出し、笑い合った。


 ショーンは、これまで目の前で起こったアンディたち三人のやりとりと展開について行けていなかった。

 彼らは何を言い合って、怒ったり、ため息をいたり、笑ったりしているのか。恐らく自分の処遇について話し合っていた、と言うことは辛うじて理解できた。

 お頭のもとで暮らしているときは、命令が下され、それを実行し、命令完了を報告して食事にありつく以外の会話はほとんどなかった。目の前の彼らのように人が話す様子を見るのはもっと幼かった頃、親に捨てられる以前の記憶でしかなく、それすらも薄ぼんやりとした曖昧あいまいなもので内容も覚束おぼつかなかった。


 アンディがショーンに向き直って言った。


「改めて、僕はアンドリュー。自分ではあまり自覚はないけど、この行商の団長らしい。みんなはアンディって呼んでる」


「あたしはソン・リンホン。リンでいいわ」


 二人が行った自己紹介も、ショーンにとっては生まれて初めての経験で、戸惑いを感じていた。どんな言葉を返せば良いのか思いつかない。


「ショーン。君さえ良ければ、僕たちと一緒に来ないか? 君を集落の中で自由にさせる訳には行かないが、僕らの仕事を手伝いながら、賊徒とは違う生活を知ってもらえるんじゃないかな。それでも馴染なじめなかったり、何か違うと感じたら出て行ってくれてもいい。集落の人にはできるだけ君の素性は明かさないようにするけど、おさには話を通しておかないといけないが……」


 リンが横から口を挟んだ。


「アンディは優しいから言わないけど、中で勝手なことをしたら、ただじゃ済まないからね。もし人に危害を加えようとしたら、あたしがぶっ飛ばしてやるから!」


 ショーンは何故アンディが自分を連れて行こうとしているのか、その真意をつかめずにいた。賊徒なんだし、自分を捕まえて集落に引き渡せば済むことだ。

 下手へたを打った賊徒が自警団に捕まり、処刑されたと言う話を聞くたび、自分はそうならないとタカをくくって生きて来た。

 だが今、自分が置かれている立場はまさにそれなのだ。しかし、目の前にいるこの人物はそれをせず、自分に判断を委ねて来ている。お頭や兄貴分たちのような命令口調ではない。


 それが不思議で仕方なかった。



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