第二話 邂逅

 怪我と極度の疲労によって判断力が落ちていたとは言え、気づくと自分の知らない土地を歩いていた。まるで別の世界にいるような感覚に襲われたが、引き返す勇気が出ない。

 それでも痛さをこらえて歩き続けていると、遠くの方に集落が見えた。男はそこに向かって歩み始めたが、自分がノコノコ集落に着いたところで歓迎されるはずもなく、良くて追い返されるか、悪ければ殺されるだろう。

 このまま進んだところで、ロクでもない未来しか待っていないことに落胆らくたんした男は、その場に膝を落とす。


 しばらくほうけて集落を見つめていると、背後からエンジン音が聞こえ始めた。男の方へ近づいて来ている。男は周りを見回したが、身を隠せるような場所がない。仕方がないので男は自分でもバカだと思うが死んだフリをして地面に寝そべった。



 エンジン音の正体は行商の一団が乗るトレーラー一台と、バギー二台と言う構成で、この時代の行商としてはかなり大きな規模だった。

 先導するバギーの一台、その助手席に座る若い女が双眼鏡で集落の様子を窺っていた。


「集落に変わった様子はないようね」


 バギーを運転する若い男が答える。


「傭兵団の作戦で賊徒が散り散りに逃げ出している可能性がある。リン、気を抜かずに進もう」


 なおも双眼鏡を覗き続けていた、リンと呼ばれた若い女が、地面に倒れ伏した男の姿に気づいた。


「あ〜。アンディ。集落の近くに、人が倒れてる」


 運転手は眉間にしわを寄せ、少し思案して言った。


「罠の可能性は低いけど……僕たちが先行して様子を見に行こう。ゴローたちには速度を落としてもらって、問題がなかったら来てもらおうか」


「わかった」


 リンは、コンソールのモニターに向かって話し出す。


「集落の前に人が倒れてる。念のため、あたしとアンディが先に様子を見て来るから、ゴローたちは待機してて。問題なかったらコールするから」


 トレーラーと並走しているバギーの助手席にいる若い男が返答した。


「ほい、了解。それじゃみんな、トイレ休憩にすっぞ」


「バカじゃない? ちょっと気を抜き過ぎ」


 怒り心頭で回線を切るリンに、アンディは苦笑いを浮かべた。


 アンディのバギーがブレーキをかけ、砂埃すなぼこりを巻き上げて倒れている男のすぐそばに停車した。男は息をめ、バギーが去って行くのを待った。しかし、バギーは去って行こうとしない。それどころかバギーから人が降りて近づいて来た。


 アンディが声をかけた。


「君……大丈夫かい?」


「……息をしていないようね。怪我もしてるみたいだし、死んでるのかな?」


 リンの言葉に、死んだようなものだ、早く行ってくれ、と男は心の中で願った。息が続かない。


「発汗の後が見られるね。死んでるとしても、ついさっきまで生きていたかも知れない」


 アンディとリンが男を取り囲むようにしてしゃがみ込む。


「熱中症かな? とにかく脈を……」


 リンが脈を取るため男の腕に触れた途端、男はたまらず大きく息を吐いた。


「……ブハッ!」


 いきなり息を吹き返した男にリンはびっくりして飛び退すさる。アンディは冷静に告げた。


「おっ、生きてたね」


 男は観念して起き上がった。疲労の残る身体で長い間息を止めていたので、肩で大きく深呼吸を繰り返す。そうしながらも、男は警戒心をあらわにアンディとリンをにらみつけていた。


「見たところ、あちこち怪我をしてるようだが……」


「……集落の人間じゃない……よね?」


 リンの指摘に、男はギクリと顔を引きらせる。


「ふふ、わかりやすいわね」


「武器どころか何も持っていない。賊徒の罠なら、そろそろ連中が現れてもいいはずだが……かと言って集落のど真ん前で仕掛けるのは流石さすがにないかもな」


 アンディは立ち上がって周囲を見回す。罠ではなさそうだとわかっても、どうしてこの男が死んだフリをしていたのかをいぶかしんでいた。

 男の方は気が気じゃなかった。賊徒と気づかれた以上、恐らく無事では済みそうもない。男は今までに襲撃した行商や集落の人々のことを思い出した。まさに自分の置かれている立場が、その人々と同じだと思い至り、生きた心地がしない。


「で、どうする? こんなに縮み上がってると、流石に気の毒に思えるんだけど……ゴローが知ったら絶対『生かしちゃ置けねえ!』とか言うだろうし」


 いつもなら自分たちが生殺与奪せいさつよだつの権利を持つがわだった。今ではそれが逆転している。今まで生命の危機を感じたことがなく、自分は上手く立ち回れていると言う自信があった。その自信がもろくも崩れ落ち、己の弱さをさらけ出すことになるとは想像もしたことがなかった。お頭からは簡単に切り捨てられ、ドローンの囮にされたと言う現実も、その自信を失う大きな要因となって、男の心を大きくえぐり取っていた。


 アンディは男にたずねた。


「一応、聞くが、この辺りに君の仲間は潜伏してたりするかい?」


 男は首をぶんぶんと横に振って否定した。


「ひとまずは安全そうかな。リン、ゴローたちに連絡してくれ」


「わかった。この男については話しといた方がいいかな?」


「う~ん。にごしておいても、わかっちゃうだろうからなぁ……事実として武装していないってことを付け加えてくれると助かる」


「だよね。了解」


 リンがバギーの助手席へと戻って行く。アンディは男に言った。


「僕らに危害を加えるつもりでなければ、無闇むやみに生命を奪ったりはしないよ」


 男は、それでもまだ信じられなかった。自分のして来たことを考えると、そんなに簡単に許される訳がない。


「そうだ、君の名前は?」


 不意に名前を問われ、男は目を白黒させて戸惑ったが、ポツリと言った。


「……ショーン」


 その様子を見て、アンディは幼い頃の自分を思い出し、苦笑した。

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