第二部 過去の手枷、未来の足枷

第一話 賊徒

 男は、行商人に随行する用心棒のような仕事をしていた。賊徒ぞくとやドローンの襲撃から行商人を守るため、ひとところに居住はせず、行商と共に集落を転々として生きている。

 人を殺して生きている。その意識は常に男の脳裡のうりに付きまとい、離れることはない。自分はドローン以下の最低な男だと思って生きている。


 集落に着くまでに、一度賊徒に遭遇した。賊徒たちはめ切った口調で、物資と武器を置いて行くように要求して来た。雛型ひながたでもあるのか、と思うほど賊徒はみな同じことを言う。隠れているならそのまま狙撃をすれば良いはずだが、連中は力の差を見せ付けるように悠然と姿を現すのだ。

 男は躊躇ちゅうちょなく一瞬で三人の賊徒の頭を撃ち抜き、さらに二人の武器を狙い撃って無力化した。

 現れいでた時の威勢はすっかり消し飛び、賊徒は命乞いのちごいをし始めた。行商人たちはその情けない姿に失笑しっしょうしていた。

 男は最低限の尊厳そんげんを残して身包みぐるみをぎ取り、そのまま放免した。


「あいつら、にがす価値なんかあったんですかね?」


 行商人のひとりが男に問う。あのまま逃げても、賊徒は賊徒だ。その内また徒党を組んで同じように行商や集落を襲うだろう。行商人が言うのはもっともなことだ。


「バカは死ななきゃなおらんが、死ぬ気になって生き延びれば、少しはマシなバカになる」


 この稼業にいた理由はいくつかあった。


 日々を生き抜く、明日を生きる希望……。すくい集めようとしたこともあったが、それらはむなしく、砂のように指の間からすり抜け落ちて行った。見捨てられ、裏切られ、自分の生命いのちに何の価値もないと絶望していた時、自分を救ってくれる存在がいた。

 その存在がく教えにそむく道ではあったが、男はあえてその道を選んだ。



・・・・・・・・



 男は昔、集落の人々からは賊徒と呼ばれていた一団に属していた。若いゆえに賊徒の下っとして、おかしらや兄貴分の身の回りの世話をさせられていた。

 賊徒にくみした経緯いきさつはよく覚えていない。ただ、親から捨てられ、集落から追われ、彷徨さまよい続けた先で、気づけば、人々から物資を奪って生きるようになっていた。力があれば、それは容易たやすかった。


 生き抜くために力が必要だった。


 力さえあれば、他者を、弱者をしいたげて生きて行くことができたからだ。お頭に付いて行けば、食いっぱぐれることはない。

 若かった男には、人として生きる意味を考えることも、意識もなく、そんな生き方に違和感を覚えることがあっても、今日の食事、明日の食事にありつくために、ただ力にすがって、頼って、他者を押し退けて生き残ることだけを考えて、生きていた。


 ある日、賊徒たちは自分たちが根城ねじろとしている廃墟から、通りかかる行商人の一行を発見した。お頭はすぐに襲撃の準備をするように配下たちや男に命じた。行商人に帯同する護衛の姿も確認されていたので、賊徒たちはいつもより入念に武装を行った。


 かつては街だった廃墟の間を、行商人たちが周囲を警戒しながら進んで行く。護衛のひとりが斥候せっこうとして先導しており、廃墟に不審な一団……賊徒の存在を感知していた。

 賊徒たちは自分たちの存在が感知されているとも知らず、廃墟に身を隠して獲物が通りかかるのを待ち受けていた。

 行商人の一行が接近したのを確認したお頭が、配下に手を上げて『行け』の合図を送る。全員が廃墟から飛び出し、一行の前に立ちふさがった。

 お頭は悠々と廃墟から姿を現し、いつもの口上を怒鳴り散らした。


「死にたくなきゃ、荷物と武器を置いて行け!」


 配下たちは笑い声を上げて、手にした武器を構えた。

 護衛のリーダーらしき人物が、一行の前進を制し、手にしていた武器を地面へ投げ捨てた。その様子を見て賊徒の配下のひとりが笑いながらののしった。


あきらめが早えなあ、おい? そんなに生命いのちが惜しいって……ぇ」


 上空からパッと閃光が走り、光束が配下の頭を射抜いぬく。最後まで言葉を発することなく地面に倒れ伏した。

 配下の誰かが叫んだ。


「ドローンだ!」


 行商人と護衛の一団は、荷車をその場に残し、来た道を走り戻って行く。配下は逃げて行く一行に向けて銃を撃ち込んだが、どれも命中しなかった。その間に賊徒のお頭は近くの廃墟の影に隠れ、そして配下に命じる。


「まずはドローンを撃ち落とせ! ドローンを片付けたらあいつらの荷物をゆっくり回収すりゃいい」


 配下も手近な物陰ものかげに身を隠してドローンへ応戦を始めた。男は廃墟の片隅に身を小さくかがめて隠れていた。賊徒たちは懸命にドローンを撃ち落とすが、数は増える一方だった。物陰に隠れていてもレーザーが確実に配下を狙い撃ちするため、既に半数近くにまで人数が減っていた。


「お頭ぁ、なんかおかしいぜ、ドローンが次から次に現れやがる!」


 賊徒のお頭もこの状況に焦りを感じていた。あまりにも手際よく行商人たちが撤退して行ったのも気になったが、まずはこの状況を打開するための方策を考えていた。


「誰かジャミングユニットは持ってねぇのか?」


「カンが持ってたはず」


 配下が答える。


「カン、何処どこにいる!」


 カン、と呼ばれた賊徒の返事はない。すでにドローンに殺されていたからだった。他に生き残っている賊徒は誰もジャミングユニットを持っていなかった。


「誰かカンを探せ!」


 お頭ががなり立てるが、誰も物陰から動く気配がない。動きがドローンに察知されれば撃ち抜かれるのがわかっているから、賊徒たちは動くに動けないのだ。

 ジリ貧になって追い詰められたお頭に、急に何かがひらめいた。そして、廃墟の隅にちぢこまっている男に怒鳴りつけた。


「おい、ショーン、ここから出て、お前がドローンを引きつけろ」


 男は生きた心地がしなかった。


「お頭、勘弁かんべんしてください……」


 泣きそうな声で懇願こんがんする。


「今まで俺たちが面倒見てやってたんだ。この恩にむくいるべきだと思わないか。今が、お前の生命いのちの使いどころだろう?」


「お頭……」


「お前はいつも足手まといなんだよ、このクソが! さっさと行かねえんなら、俺が殺してやろうか?」


 銃口を向けられ、男は一気に血の気が引いて行くのを感じた。下っ端とは言え、共に生きて来た仲間だと思っていた。自分の居場所だと思っていた。絶望感に後押しされて、男はよろよろと立ち上がった。


「武器は置いて行け。役立たずに持たせておくのはムダだからな。できれば泣きわめきながら出て行くんだ。ありったけのドローンを引き連れてな」


 お頭の言葉が男の胸に氷の刃のような冷たさで突き刺さる。あまりの衝撃に手から武器が滑り落ちた。目の前の現実に打ちのめされた男は、そのまま無言で廃墟を飛び出した。すぐさま数機のドローンが男を捕捉し銃撃する。足元の瓦礫が弾け飛び、男は恐ろしさに叫び声を上げて走り出した。

 なおも銃撃は止まず、その内の一発が男の右肩口をかする。続けて右太腿ふとももに焼けつく痛みが走った。それが焦りを助長して、走るスピードが自然と上がった。狙いを定められないように、廃墟の間をジグザグに駆けめぐる。それが功を奏したのか、男を狙う銃弾は少なくなった。追跡してきたドローンがレーザー搭載型だったら、男がこうして逃げることはできなかっただろう。

 男は、このまま逃げ続けても廃墟の街を抜けると遮蔽物しゃへいぶつがなくなってしまうことに気づいた。息も切れかけて走るスピードが落ちて来ている。やがて諦めが心を支配し始め、何度目かの曲がり角を曲がった先で足を止めた。壁にもたれ、荒れた息を整えながら、身をかがめてドローンの追撃を覚悟した。

 覚悟して待っていたが、男を追跡して来ているであろうドローンはいつまでっても姿を現さない。恐る恐る壁際かべぎわから顔をのぞかせて背後をうかがうが、ドローンの姿はなかった。

 男は痛む肩と足を気にしながら歩き出し、廃墟を後にした。

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