第十話 過去

「俺がまだ子供の頃、今のお前より少し大きいくらいかな。最初は小競こぜり合い程度の紛争だったが、いつの間にか世界全体が戦争に加わっていた。俺の住んでる街にも戦火が迫っていた。気の早い人たちは徐々に街を捨てて退避して行った。

 俺には病気で伏せっていた弟がいたんだ。その時はまだ弟を放って置けなくて、家に残ると言い張ったんだが、お袋は俺と弟を置いて家を出て行っちまった。

 親父は弟が生まれてすぐ、お袋と離婚して行方知れずだったんで、俺はしばらくひとりで弟の面倒を見ていたんだ。点滴を取り替えてやったり、薬を飲ませてやったり、食事やトイレの世話をしたり……色々な。

 そのうち街にミサイルや榴弾りゅうだんが飛んで来るようになった。最初は数発程度だったのが、日増しに数が増えて、暢気のんきに構えていた街の人たちも危機感を募らせて行った……俺ももれなく、その泡を食った内のひとりだった。

 それから何日もしない内に、何処からともなく四六時中ミサイルが街に降り注ぐようになった。俺は弟を連れて逃げる手段がないかを考えていたが、お袋が自動車を持って行っちまったのでどうすることもできずにいた。

 弟を診てくれていた病院が榴弾で爆破されてしまったので、点滴や薬の調達にも頭を痛めていた。


 その日、テレビのニュースを観ていると、俺が住んでる街が敵国の総攻撃にさらされていると報じていた。そのニュースを見ているまさにその時、隣の家がミサイルの爆撃で吹き飛んだ。昔から親父のいなかった俺たち兄弟に色々と良くしてくれた老夫婦の家だった。

 俺はこれがただの散発的な攻撃ではないと焦った。家中の窓ガラスは全部割れて床一面にガラスの破片が散らばった。窓の外を見ると、街のあちこちから黒い煙と炎が上がっていて、街の人たちが道路を逃げ惑っていた。その中には怪我をして血を流している人たちもたくさんいた。

 窓から空を見上げると、何発もミサイルが降ってくるのが見えて来て……気がつくと、俺は街の公民館にあると聞いていた地下シェルターへ向かって大通りを走り出していた。

 ……お袋と同じく、弟を置き去りにしてな」


 男は一息くと、コーヒーポットを持ち上げ、自分と少年のカップに注いだ。


「砂糖は好きなだけ使っていいぞ。おかわりも自由にしてくれ。つまんない話しに付き合ってくれてるし、な」


 少年はコーヒーの味に少し慣れ始めていた。砂糖と相まって苦味と旨味が口の中に広がるカフェインの感触を楽しむ。


「ううん、そんなことない。僕の生まれるずっと前の話しを聞けて、その……何か言い方が悪いかも知れないけど、とても興味深いと思ってる。それに、親方以外で集落の大人は誰も昔の話しはしてくれなかったし」


 戦争に関することは、親方がジャンクに纏わる昔話しをしてくれる時に少しだけ触れることがあった。賊徒やドローンが周りにいるといういつでも生命をおびやかされている環境下で生活しているため『戦争』の本質的な意味と、その影響や規模感を理解できなかった少年は、集落の他の老人たちに話を聞き回ったが、皆一様に戦争を忌み嫌い、口にすることを避けるばかりだった。


「そうか……そうだな。まあ、老人たちが話したくない気持ちはわからんでもない。あの世代は言ってしまえば戦争の当事者だからな」


 少年は今の世の中が戦争によってもたらされ、戦争以前は世界中に整然とした街並みが存在し、そこでたくさんの人々が暮らしていたことは知識として知ってはいた。

 ただ、少年にとって、この瓦礫まみれの世界が現在の姿であり、現実だったので、当時を知る老人たちが過去に囚われる必要はないと考えていた。


「ま、悪いがもう少しだけ俺の昔話しに付き合ってくれ。


「うん」


 少年が返事をしてキッと口をつぐんだのを見て、男は少し笑みを浮かべ、すぐに真顔に戻って話しを続けた。


「ありがとう。ええと、どこまで話したっけか……ああ、シェルターへ退避したとこだな。

 それからしばらく、逃げて来た街の人たちと一年くらいシェルター内で過ごした。

 日に何度も爆撃の揺れで目を覚まして、俺たちはいつも寝不足だった。そのうちテレビやラジオが死に、外からの情報が入りにくくなった。ネット通信は一部では動いていたが、やがてそれも繋がらなくなって、俺たちは外部から完全に隔絶された。

 情報が入らなくなって半年くらい経過すると、爆撃による揺れがない日が続くようになった。停戦したのかどうかはわからないが、外の様子を窺うため、大人たちの数人がシェルターの外へ出て行った。

 戻ってきた大人たちは皆口々にこの世の終わりとばかりになげいていた。他の大人たちも次々とシェルターから出て外の様子を見に行った。彼らも最初の大人たち同様、皆一様に嘆き哀しみを隠すことなくシェルターへ戻ってきた。

 何か大変なことが起こっていたのはわかったが、俺は大人に外の様子を詳しく訊ねなかった。今にして思えば、俺は事実を受け入れるのが怖くて、聞きたくなかったんだな。

 そのうち、大人たちは家族や友人を連れてシェルターの外へ出て行った。戦争がどうなったのかは誰も教えてくれなかったし、俺も知りたいとは思わなかった。俺はシェルターから出る気がせず、そのままシェルターの中で過ごした。

 それから一、二週間ほど経過した頃だったかな。出て行った人々の一部が物資を持ってシェルターへ戻って来た。俺は聞きたくなかったが、大人たちは勝手に外の様子を話し出した。外ではほぼ全ての街は破壊し尽くされ、一部のシェルターに逃げ延びた人々以外、ほとんどの人類は死滅していたらしい。

 さらに多数の軍用ドローンが地上を走査しており、人類を見つけると誰でも無差別に攻撃して来たんだと。それで一旦シェルターへ戻って来たと言っていた。今でも、あの虐殺ぎゃくさつマシンを、どこの誰が何のために作り出したかわかってないが……どこかで生産プラントが生きていて、新たなドローンが次々と作られてるといううわさもあるが、どうにも厄介な存在なのは今も昔も変わらない」


 少年は男の弟の行く末と、自身の弟のことが気になりだし、心の奥底にチクリとした痛みを感じた。そして、少年は男の弟についてどうなったのか知りたくなり、切り出した。


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