第三話 集落

 少年が集落の入口に着く頃には陽も西に傾き始めていた。夜になると門扉もんぴが閉められてしまうので、あまり外で長居してはいられない。入口に立っていた警備の男が少年に声をかけて来た。


「おう坊主、収穫はあったか?」


 少年は肩に下げていた袋を持ち上げて見せて、ため息を吐く。


「ジャンク山だからね。全然だよ」


「そっか。ま、気を落とすなよ」


 男の慰めの言葉を背に、少年が門を通って中へ入ると、警備の男は門扉を閉じ始めた。

 少年は振り返って男にたずねる。


「僕で今日は最後?」


「ああ、そうだ。最近、この辺の賊徒が活発化してるってんで、みんな早めに引き上げて来るんだ。いいか坊主、ヘンな気を起こして遠出なんかするなよ。戻って来れなくなっても助けに行けないんだからな」


 賊徒に関する話題を聞き、少年は早めに引き返して来て良かったと思った。

 集落は全体を廃屋などから掘り出した鉄骨や鉄筋などで柵を組み、隙間を大小の瓦礫で積み上げた三メートルほどの高さの囲いで覆われており、この近辺の集落の中では割と防備がしっかりしている。囲いの四方には高さ五メートルほどの物見櫓ものみやぐらが建てられ、常時自警団が賊徒の接近などを監視し、日夜交代で集落内を見周り、警備を行なっている。

 集落には太陽光発電パネルと蓄電装置の他、エンジン式の発電機もあり、これによって大型のジャミングユニットを常時起動させている。重火器類や弾薬などの備蓄もあり、発電機によって夜中でも高出力のレイガンを使えるため、中規模程度の賊徒であれば夜襲でも充分に追い返せる武装が整っていた。


「わかった。ありがとう」


 少年は警備の男からの忠告に感謝し、親方のいるジャンク屋へと向かった。成果はかんばしくないとは言え、多少のジャンクは持ち帰って来ていたので親方に渡すためだ。少年は親方の品定めと廃品の説明を聞くことを楽しみにしている。どんなパーツが好まれ、需要があるのか、どうやって利用されるのかを知ることで、ジャンク拾いのヒントや指針に気づくことができたし、何より自分の知らない様々な機器や装置の知識を得られるからだった。


 ジャンク屋の建物は、周囲を高く積まれたジャンクに囲まれており、どれがジャンクか傍目はためで判別できない。入口を示す看板も既にジャンクの中に埋もれていて、この集落へ初めて訪れた行商人はジャンク屋に入ることができないこともある。

 ジャンク屋に近づくと、電動鑢サンダーが荒く錆び付いた金属を削り取る音が聞こえて来た。親方が作業中なのだとわかり、少年は入口に立つと大きな声で告げた。


「親方! ただいま!」


 少年は返事を待つことなく建物の中へと入って行く。内部は外と変わらず、無造作にジャンク品が積まれ、ちょっとした地震で崩れてしまうことも多かった。少年にはどこにどんなジャンクがあるかを大雑把に把握していた。親方は『俺はどこに何があるか全てをしっかりと覚えている』と、豪語しているがその実、しまい忘れているジャンクも多いことを少年は知っていた。


「お、おかえり! 今日もダメだったか?」


 店の奥から響くサンダーの音に負けない大声で親方の声がこたえる。少年は肩から袋を下ろして親方の作業場へ入って行った。


「うん、ダメだった! 大きめの磁石が二個とよくわからない集積回路の付いた基板を一枚!」


「ああ? 何だって?」


「サンダー! 一旦! 止めて!」


 親方がサンダーのスイッチを切り、ゴーグルと防塵ぼうじんマスクを外しながら少年に顔を向ける。ようやく静かになったので、少年は今日の成果を報告しつつ親方に近づいて行く。


「大きめの磁石、これが二個。それと、よくわかんないけど集積回路が八個ついた基板を一枚」


 袋から出して親方へ基板を渡すと、親方はじっと基板を見つめた。構わず続けて少年は補足説明を行う。


「回路が腐食してたり、コンデンサが破裂してるけど、でも、他の部分はあまり壊れてないと思うんだけど……」


 親方は基板をひっくり返したり裏返したりを繰り返して品定めをしていた。


「ふん。ここ最近では中々のパーツだな」


 パッと少年の顔が明るくなる。しかし親方は顎髭あごひげをさすりながら苦々しい表情で続けた。


「だが、これは二層の基板が重なってひとつの機能を成していたものだ。四隅にビス穴で固定していた跡がある。まぁ、その片割れが揃ってれば相当高値で売れただろうな」


 少年は失意のため息を吐いた。その表情を見た親方はニヤッと笑みを浮かべて言った。


「おいおい、そんなに落ち込むな。中々とは言ったが、こんだけキレイに形が残ってんのは大したもんだ。喜んで大金をはたいてくれるヤツらが大勢いるぞ。次に行商の連中が来るのが楽しみだな」


 少年がこんなに嬉しそうに語る親方見て自分も嬉しく思った。そして親方に少しは恩返しできたような気がして気分が良かった。

 親方に磁石と基板を渡し終え、ジャンク販売棟の整理や掃除を終える頃には外はもう暗くなっていた。販売棟の扉を施錠して親方に鍵を返し、挨拶をして自宅へと向かう。

 こんな気分で帰宅したのはいつ振りだったろうか。少年は帰宅途中の精肉店で、少し奮発ふんぱつして本物の鶏肉を買った。チキンの照り焼きは弟の大好物なのできっと喜んでくれるに違いない、そう思った少年は足取り軽く家路いえじに着いた。

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