第四話 呵責

 自宅が見えて来る。家と呼ぶには心許こころもとないバラック小屋だが、雨風をしのげるだけでもありがたかった。

 しかし、近づくにつれ中の様子がおかしいことに少年は気づいた。


「にんちゃん、いるよ! にんちゃん、いるよ! にんちゃ~ん、いるよ~! にんちゃん、いるよ!」


 小屋の中から兄を呼び、泣き喚く弟の声が聞こえて来て、少年は慌てて扉の鍵を開けて中へ入る。弟は戻って来た少年の姿を見るや否や、少年に飛びつき、しがみついて大声で泣きじゃくり始めた。

 そのまま弟をかかえて地面に座り込む。弟は泣き止まない。少年は弟に声をかけてなだめ、頭をでてやる。こんなに混乱して憔悴しょうすいし切った弟の様子は久し振りだった。そして、そう言えば最近は薬をあげていなかったな……と、少年はぼんやりと思い出す。


 自分に注意が向いていないことを感じ取り、不満に思ったのか、弟は少年に抱えられながらも手足をバタバタさせて暴れ出す。


「うぁ~っ! にんちゃんにんちゃんにんちゃん、あああ~っ!」


「ごめんごめん、落ち着こう、な?」


 暴れる勢いは少し収まったが、今度は弟自身の太腿ふとももを拳でバンバンと叩き始めた。少年は弟の手をややキツめに抑え、制止する。


「にんちゃんいない、にんちゃん! にんちゃいる、にんちゃんにんちゃん! いない! いる! いない~っ!」


 こうして泣き叫び、暴れて自分を叩く弟を宥めすかす際に、ふとその存在をうとましく思うことがあった。

 弟の面倒を見てくれる人がいれば、自分の夢を叶えられる……弟がいなければ、自分は自由に……心に暗い影を落とすその願望に少年は、背筋が凍りつくような怖気おぞけを覚え、おぞましいくらいの背徳感に身を震わせた。


『弟がいなければ、自分は生きて行けない……』

『弟もまた自分がいなければ生きて行けない……』

『僕らは離れて生きては行けない……』


 弟をしっかりと抱きしめて、背中を撫でさすりながら、ゆっくりゆらゆらと左右に揺り動かしてやる。やがて弟は落ち着きを取り戻したのか、暴れるのをやめ、大人しく少年にしがみついて兄を呼ぶ。


「にんちゃん、いる……」


「いるよ、ここに」


 返事をし、頭を撫でてやると、弟は満足そうに笑った。


「にんちゃ……にんちゃん……」


 しばらく兄を呼び、それに答えることを繰り返していると、弟は静かになった。少年は泣き疲れて寝入り始めた弟を抱きかかえたまま、嗚咽おえつで弟を起こさぬようこらえて泣いた。


 少年とその弟は幼い頃、別の小規模な集落で両親と共に暮らしていたが、ある時賊徒の襲撃を受けた。集落に向かっていた行商人の一団が賊徒を追い払ったものの、被害は甚大で大勢が殺されたり怪我を負っていた。少年と弟は物置小屋の中で発見され、父母は殺されていたという。

 新たな集落へと連れて来られたふたりは、ジャンク屋を営む親方に預けられた。自分の子でもない赤の他人である少年と弟を快く引き取ってくれた。

 親方は言葉づかいはキツいが情には厚く、この時代で生きるため最低限のことだけを教え、自らで生き方を学んで行けるように影で支えた。少年は弟を養うため、そして引き取ってくれた親方に恩返しをするためジャンク拾いに精を出し、身を粉にして働いた。


 しかし、毎日灼熱しゃくねつの太陽に焼かれて廃品を拾い集めるも大きな成果はなく、弟の面倒を見るという生活に重荷を感じ始めた。少年の心は、生活を支える重責と燻り続ける将来の夢の間で揺れ動き、次第に例えようのない苦しみや罪悪感にさいなまれるようになっていった。まだ年端の行かぬ少年である。弟に感じる責任と、うまく行かない仕事に苛立いらだちがつのり始め、遠くの隣街への憧れがだんだんと抑え切れなくなって来ていた。


 次第に少年は、ジャンク拾いをしながら集落を出て行くための準備をするようになっていた。食糧や水、応急手当用の医薬品は比較的すぐに揃えることができた。地図端末とコンパスも持っている。長時間の歩行のため高価ではあったが丈夫な靴も購入した。

 一番の問題は、賊徒やドローンに襲われた時に反撃できる武器の調達ができなかったことだった。こればかりは仕方ないので、逃げる際に目眩めくらましになりそうな発煙筒を作ることにした。化学肥料などから硝酸しょうさんカリウムは手に入った。砂糖は若干じゃっかん高価ではあるものの購入し、筒に使えそうなものはジャンク山から探すことで容易に手に入った。作成できたのは五本。集落内で実験すると大人たちが大騒ぎするのが目に見えていたので、ジャンク山で実験を行うことにした。自作の発煙筒なのであまり期待はしていなかったが、火をつけると、すぐにもうもうと白煙はくえんが上がり、あっという間に周りが見えなくなった。時間にして一分間ほどはき目が続くことも確認でき、実験の成果は上々だった。ドローンには効かないだろうが、賊徒などの人間に対しては効果がありそうだった。


 準備は三週間ほどを要したが、無心で淡々と用意を進めていたため、心のわだかまりを感じずにいた。しかし、いざ出発の準備が整うと、一度は決めたと思っていた少年の決心が揺らぎ始める。少年は具体的に一週間以内に決行すると期限を設定した。その間はまるで仕事に集中できず、親方や弟への呵責かしゃくに悩み、自問自答をしている内に一週間はあっという間に過ぎ去った。


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