第二話 帰途

 ここしばらくはジャンク山で地図端末のような機器は見つかっていない。また、運良く見つかっても欠損や腐食が進んでいて大抵はそのままでは使いものにならなかった。一見ゴミのようなジャンクから代用可能な部品をり分け、修復に成功したものが行商人を通じて売られることがある。

 生活用品や医薬品、水や食糧などあらゆる物品は値が張るが、地図端末などの電子機器は桁違いに高価なものだ。少年にとっては痛い出費ではあったが、今をのがすと次はいつ買えるかわからないため、思い切って購入した。弟と半年は暮らして行ける額ではあったが、GPSで自分の位置を把握できる上に、接近するドローンをほぼリアルタイムで探知できる機能は、安全に集落とジャンク山を往来するのにとても役立つものだった。

 そこまでして生きて戻ることに執着するのは彼の弟の存在が大きかった。


 行商人と共に訪れた医師が一度弟をてくれた際、少年の弟は自閉症と知的障害という症状で、病気や怪我のように薬や治療で治るものでない、と告げられた。弟は人が話す言葉は解するものの、自分からの発語は少なく、あったとしても単一の名詞か動詞を用い、まれに二語以上の発話はつわがある程度だった。それ以外は常時ウーウーとうなったり、何処どこからか聞き覚えた意味のない単語や文節を繰り返し発していることが多い。知能的にも同年代の子供たちと比べてもかなり遅れており、身の回りの世話を含めて兄である少年が介助する必要があった。また、弟は不眠がちで寝つきが悪く、夜泣きすることが多かった。

 医薬品はどの集落でも全般的に不足している。医療系端末のデータベース解析と研究が進んで製薬可能になった薬剤が増えてきたものの、精神安定剤や睡眠導入剤など、心を落ち着けたり寝つきを良くするような薬は圧倒的に供給量が少ない。あったとしても対処療法的な効果にとどまり、効果も一時的なものに過ぎないが、それでも少年は弟には心おだやかに過ごさせてやりたい一心で、薬剤の調達につとめていた。


 少年は六年ほど前にまだ幼い弟と共にジャンク屋の親方に預けられた。両親は死んだと伝えられていたが、親方に預けられる以前の生活や、両親のこと、その顔も記憶から消え落ちていた。

 親方の元で生活を始めてからしばらくつと、弟は自分のできる範囲で身の回りのことや兄である少年の仕事をつたいながらも手伝ってくれるようになった。

 最初の頃は少年がジャンク拾いに出かける時に離れるのを嫌がって泣きわめいていたが、それも落ち着いて、今では大人しく小屋で少年の帰りを待ってくれるようになった。


 少年にはいずれはエンジニアと呼ばれる職業にきたいという望みがあった。壊れた機器や乗り物を修復し、販売している工房が隣街にあるという話を聞いてから、そんな生活にあこがれを抱くようになった。

 エンジニアとしての腕をみがき、ジャンク品をレストアしてそれを売ることができれば、弟にもっといい薬が与えられ、生活も良くなるだろうと考えていた。

 しかし、隣街は集落から直線距離でも六十キロ以上はあり、とても弟を連れて徒歩で移動することはできそうもなかった。それに賊徒やドローンに遭遇する危険も無視できない。それらの危険を避け、運良く街へ辿たどり着いたとしてもエンジニアの修行のかたわらで弟の面倒を見れる自信はなく……かと言って弟をひとり集落に残して行くこともできず……という八方ふさがりの堂々巡りによって、少年の夢はふくらんではしぼみ、萎んでは膨らむということを繰り返していた。

 ただ、その夢は完全に消え失せることはなく、き火の燃えかすのように常に少年の心の奥底でくすぶり続けていた。

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