第7話 おもいで



「エリク」



 本を取り上げられる。何度も何度も読んだ、両親に必死にお願いして手に入れた野草図鑑。

 読み慣れた重さの本が僕の手から取り上げられ、空色の髪が風に舞い、春を思い出す黄色い瞳が僕を見る。


 眩しいほどの綺麗な容姿がゆっくりと意地の悪い顔に変わるのをジロリと睨みつけ手を伸ばす。


「返して、キア」

「ダメよ、私と一緒に遊ぶの」


 本を背中に隠してキアが笑う。僕は読んでたのを邪魔されてムカついていたけど、キアは僕より運動が得意で、とにかく足が早かった。


 だから一度取り上げられた本を取り返す為に僕は必死に追いかけるしか無くて、気が付けば本は机の上に置かれ追いかけたり逃げたりしていたのが部屋の中から外に変わり、逃げる方が変わり。


 くたくたに地面に伏せるくらいまで走り回ってしまった。


「今日も私の勝ちね!!」


 女の子らしくしないとダメだとよく怒られてる、キアは最近両親の前ではすまし顔で居ることが多かったけど僕の前だと以前と変わらず大口を開けて笑っている。


 最初こそは入ろうとした人もきっといたけど、村の他の子は頭で僕には勝てなかったし、足でもキアに勝てなかった。


「僕の罠がしっかり使えてたら捕まえられてた」

「野生動物に使う罠を女の子に使うのはどうかと思うんだけど!」

「女の子…」

「きょろきょろすんな! 」


 キアはとにかくお転婆で口が悪く暴れん坊で、騒がしくて。そして、優しかった。


「ほら!エリク!」


 ぽいっと投げ渡されたのは僕が初めて作った人型の玩具。廃材を使って作ったから歪だけどそれなりに大切にしてた。つい先日、意地の悪いザムに隠されてしまったものだった。


「これ…」

 どうしたのと言うにはあっちこっち汚れてほつれて髪もぐしゃぐしゃになったキアがそっぽ向いていて。


「私宝探し得意なのよ、知ってるでしょう」


 宝と呼ぶにはボロボロな玩具だった。だけどキアはキッパリとこれを宝と呼んだ。


「だってエリクは自分の大切なものに手を出されるの嫌いじゃない」


 ぎゅっと抱きしめた人形をキアに差し出す。確かに僕にとって大切なものだ。すごく作るのが大変だったし、あっちこっちに頭を下げて材料を貰ったものだった。


「キアにあげる」

「な、なんでよ!?」

「だって宝なんでしょ?」

「え?」

「宝は見つけた者の物。ルール破りは卑怯じゃない?」

「卑怯!?」


 あわあわとどうしようどうしようと考えを巡らせるキアに僕はお腹が痛くなるほどに笑った。

 真っ直ぐすぎるキアにとって卑怯という言葉は落ち着かないものだとわかって僕は使ったけど。


 わかりやすすぎた。


 でも僕が大切にしていた人形をキアが大切そうにしているのを見るのは少し心がスッとしたから、僕にとってその行動は間違いではなかったと思う。


 いつもとは逆で困惑するキアと大口を開けて笑う僕の図はきっとおかしなものだったろうな。


 ───────────

 ─────


『あさだよ』


 最近聞き慣れたばかりの声に起こされて、目をあける。あぁ、僕は夢を見ていたんだなとぼんやりと天井を見上げる。懐かしい夢だった。


「キアもどき、ヨダレ垂れてる」


 僕の顔のそばで丸まりヨダレをたらしながら寝ているキアもどきを起こして綺麗にすると伸びをする。懐かしんでる暇は僕にはもうないから。



『おはよう』

「おはよう」


 ペンダントから聞こえる声に挨拶を返してふと、この方に名前はあるのだろうかと疑問に思った。


「あなたに名前はある?僕が呼んでもいいやつ」

『なまえ?』

「うん」

『きあもどき?エリク?』

「それはこの子の呼び名と僕の呼び名。あなたのは?」

『ない』



 不思議そうな声に返答しつつ荷物を確認していく。できるだけ詰めた荷物はそこそこ重いが持てないこともない。


「なら、名前をつけても?」

『!』


 強い喜びがペンダントから伝わってくる。なんだろう。どんな名前がいいだろうか。よく馴染む何してあげたいけれど…。


「…ジェード」

『じぇーど』

「うん、どうかな?」

『じぇーど! すごくいい!』


 激しい喜び。

 強い幸せ。

 定位置にキアもどきを入れて。

 伝わってくる優しい感情に背を押されるように荷物を背負って扉を開ける。父さんと母さんがいつも通り朝食をとっているところに、大荷物の僕。


 二人は唖然と僕を見ていて、僕はしっかりと微笑んだ。


「僕、今日この街を出ていくから」


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