第6話 泉の主


 自然と息を飲む。何故そんなことを言い出したのか分からない。だって僕らは上手く付き合ってきていた。


 祭壇に捧げ、奉り、感謝し、そして時間を分け合った。


「僕がなにかした訳ではないよね、こうして餞別を用意してくれているし」


 再び肯定。


「僕がここにいるのが迷惑?」


 じっとこちらを見つめたまま、なので迷惑では無いかと聞くとまた瞬き。肯定だ。


「僕がいるわけにはいかない理由がある?」


 肯定。


「それは期間がわかっている?」


 じっと見ているので否定だ。

 期間がわかっていない、けれど何か理由があって離れることを薦めている。


「僕の命に関わること?」


 肯定。


「僕以外の命にも関わる?」


 肯定。


「…それはこのキアもどきと関係がある?」


 否定。


 キアもどきとは関係がない。今はもう随分と仲良くなっているし、今更僕を害するとは思っていない。けれど一応聞けてほっとした。


 だけど命に関わると言う理由が分からない。どう聞けばいいのか…。



「村の人が理由?」


 ふと、口からこぼれた疑問は肯定で帰ってくる。そうか。やっぱり僕の事、排除しようと動いているんだね。


「…他の人の命は僕の家族のこと、かな?」


 肯定。


 僕がいることで、両親が害される。

 僕を十二年育ててくれた。他と違うことが多かったのに、個性だと許してくれた頃もあった。


 悪い人ではない。悪いのはきっと僕だった。


 二人に合わしてあげることができなかった、怖がっていることに気づいていたのに見向きもしなかった。


「…近いうちはいつかな、来月には出たらいい?」


 肯定。


 唇をいつの間にか噛んでいたらしく血の味がする。来月には出ないといけない。確かに準備は順調ではあった。だけどあまりに早すぎる。


「貴方は…僕らが居なくなってもここにいるの?」


 キアもどきがじっと泉の中の瞳を見る。そして、肯定が返されて。


 やっと仲良くなれたのに。僕はこの泉を囲む空間がとても好きだったのに。


「また会える?」


 肯定だった、良かった。


「ずっと気になっていたんだけど、貴方って神様なの?」


 驚いたように目を見開き僕を見る。否定でも肯定でもないってことなのかな。


 もしくは神様がなんなのか知らない、とか。


 国によって色んな神様が居るから、もしかしたらこの泉の主は神様として祀られたことの無い神様なのかもしれない。自分がなんなのか知らなくて、ただ膨大な力を持っているのか。


 想像でしかないけれど。

 泉の中に手を突っ込んだ。


「僕はね、ここが好きだよ、貴方とキアもどきといる時間が好きだったんだ。もう少しいれると思ってた」


 せっかく仲良くなれたのに。そう続けると泉の目が細められる。微笑んでいる。喜んでいる。この気持ちはちゃんと相違ないのだろう。


「一緒に行けないの?」

 否定も肯定もはっきりしない。どういうことだろう。


「一緒に行ける?」

 どちらでもなさそう。行けるけど行けない、もしくは行けないけど行ける?


「もしかして、この泉自体が貴方なの?」

 肯定。そうか、なら行けないよね。

 …でも。


「泉の水を持っていったらどうなる?」


 それがあったか!とばかりに目を大きくさせ忙しなくぐるぐると泉の中を動いている。喜んでるみたい。


 ばちゃばちゃとはねてくる水を振り払いながらほっと息を着く。今度は諦めなくていいらしい。


 不意にきらきらと光を放つ泉からひとつ水の玉が浮かびそして弾けたと思えば青い石の着いたペンダントが浮かんでいて僕が手を差し出すとそこにおりてくる。


「つけろってこと?」


 ただでさえ石の入った袋を首から提げているので少し嵩張るが目立たない程に石が小さいペンダントだ。


 だけど袋に入っているものよりも光を閉じ込めたような煌めきがある。首から下げると、のほほんと眠そうな、綺麗な声が聞こえた。


『いっしょ、うれしい』


 思わず泉の目を見ると嬉しげに細められていて、微かにはっきりと優しい気持ちだとか喜びだとか伝わってくる。


 ペンダントを中心に、まるで手を繋いでいるような。そばに居る感覚があり、声がする。



『あったかい、おいしい、あまい、すっぱい?わからない、わからないけど』



『だいすき』


 僕は少し変わっている。


 もしかしたら少しじゃないかもしれない。


 外で遊ぶことは好きじゃないし、教えられたら割とすぐできてしまう。どれだけ動いても筋肉なんてつかなくて、はしゃぎ回るのも苦手で。


 好きじゃないと言うのは得意だけど好きを言うのは苦手だった。


 ぎゅっとペンダントごと石を握り締めてしゃがみこむ、必死に僕のズボンをよじ登り頭の上に乗ったキアもどきが、僕の頭を柔らかく撫でてくる。



 僕は学ぶことが好きだった、未知が好きだった、でも変化は嫌いだった。広いところも実は得意じゃなくて、狭い所が好きだった。


 誰にも言ったことなんてなかった。恥ずかしくていえなかった。子供らしいところなんてなんだか見せられなかった。


 そうしたのは他でもない僕だった。



「一緒に行こう」


 キアもどきと泉の主。変わってるらしい僕と普通じゃないふたりをみて。


 僕は肩の力を抜いて、呟いた。





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