第2話 僕にしか見えないキアもどきと決裂


 また机の上にワンピースの腰の当たりをつまんで持ち上げて乗せてみる。つまんだ時にぷらぷら揺れて不思議そうな顔をしているのがやっぱり変だ。僕の知っているキアはとても喧しくて、元気いっぱいに走り回る女の子だったのに、今のキアはまるで人形のように静かだから、なんだか気持ち悪い。



「お前、なんなんだよ…」


 僕にしか見えない“キアもどき”は僕から離れるのが嫌ならしい。相変わらず言葉は話さないけれど僕のズボンの裾をつかみ続けていて歩きづらい。


 村の他の子供にも歩き方が変だと馬鹿にされてしまった。ダメだと言って聞かせても無理だったので仕方なく上着の胸あたりにポケットを母さんにつけて貰ってそこにキアもどきを突っ込んでみた。


 最初居心地が悪かったのかモゾモゾしていたが、しっくりする位置に行けたのか途端に大人しくなった。…狭いところが意外に好きなのはキアと同じだった。


 この際だからキアもどきについてまとめてみた。


 まず同じ点。

 好きな物は甘いもの。僕のおやつの干した木の実を静かにもぐもぐと食べていたので、僕のだと取り上げようとしてみた。すると僕から隠して食べていたので、好きな様だ。

 大きい時のキアよりも控えめだがキアらしいと言えばらしい。


 次にさっきも思ったが狭い所が好きなところ。胸ポケットは既にお気に入りらしくいらない布切れを少し丸めて入れてみるとそこでうたた寝をしている時がある。


 最後に嫌いな奴が同じこと。いつもいがみ合っていた村のリリィーに遭遇すると少し眉間に皺を寄せ僕の服の襟を引っ張ってくる。服が伸びるのでやめて欲しい。


 違う点は明らかで。

 声を出さない、騒がない、走り回らない。

 それと好き嫌いが激しい方だったのに今はあげても普通に食べている。

 キアの両親の事をどうでも良いと思っているらしくそばに行きたがることが無ければ泣いている二人に対しても無反応。


 キアだけど、キアじゃないナニカ。



 やはり、キアもどきはキアもどきだ。




「キアと食べるから少し多めにほしい」

「食べたいからってそんな事を…!」


 僕だって育ち盛りだ。小さいとはいえキアに毎回分けていたら僕のお腹はぐーぐーなる様になってしまった。そう考えるとキアの変わってない点にわがままが追加されるかもしれない。


 仕方なく大人しく白状してご飯を増やして欲しいと告げると、予想通りと言えば予想通り。怒られてしまった。


 それでもぐぅぐぅうるさい僕の腹の音に観念した母さんが食事を増やしてくれたので何とかなったが、キアが消えてキアもどきが僕のとこに来てから僕自身の村の位置も変わってしまった。


 元々変な子、と呼ばれてはいたけれど、今は奇妙な子と言われるようになった。

 時折石を投げつけられることもあるのでやめて欲しい、痛いし。キアもどきにぶつかったら死んじゃいそうだし。


 壁、というものか。違和感というものか。キアがいる時からあったそれが、キアもどきのおかげで明確になった。



 いや、むしろ昔から考えられてはいたのだろう。


「母さんの腹に子供がいる」



 呼び出されて気まずそうな両親を前に机の上にいる珍しくキアが怒ったように眉間に皺を寄せていた。


「うちには二人を養う金もないし…」


 じゃあ子供を作らなければ良かったのに、とこぼれそうな言葉をのみこむ。この両親も子供が僕じゃなければ大切に育て大人になるまで面倒見ていたのだろう。


 だが奇妙な子供。死んだ者がいると嘘ぶき、沢山食べる。考え方も二人とはズレていたし。他の子のように我儘を言わなかったのは褒めても良かったろうに。


「十四になったら…」

「うん、村を出ていくよ」


 驚いた二人を見ると、そこまでは考えていなかったらしい。え、と声を漏らされたけど当たり前だと思う。村長に家を貰う事は出来ないだろう。気味悪がられている僕に仕事をくれるとも思わない。子供がいない家の養子にもなれない。キアもどきがよく食べるから。


 実の両親すら手放す子を愛せる大人がいるだろうか。


 あと今は石を投げられるだけで済んでいるがもしかしたらそれだけじゃ済まないかもしれない。


 だったら家を出るついでに村を出た方がいい。成人の一年前に出ろと言うあたり最低だと思うが今から二年があると考えれば産まれた子がミルク離れを目指す頃合なので変に納得してしまう。



「もう寝るから」


 それだけ言って、あのキアの家から連れ帰った時のようにキアもどきを握り部屋に閉じこもる。何をする気にもなれず、そのまま布団に包まると自然と涙が出た。


 …僕は僕らしくちゃんと家族が好きだったのだ。


 今更で、もう、とっくに遅いけれど。


 枕元に座っていたキアもどきがその日、初めて歌を歌ってくれた。


 鈴のような軽やかでどこか悲しい歌だった。





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