第29話 黒い思惑
「ヒロキー! 久しぶりだね。ボク、ずっとキミのことを探していたんだよっ、会えてよかった! こんなところにいるなんて思わなかったよJ
ジェイが怖いくらいニコニコと笑いながら、ヒロキに近づいてくる。
その様子を見ていた店長は「知り合いだったんだー」と驚いていた。
「そうなんですよ、ボクとヒロキはちゃんとしたお付き合いがあって。でもヒロキが黙っていなくなっちゃうから、会えなくなっちゃって……ボクさびしかったんだから」
ジェイの変な発言を聞いた店長が「え、お付き合い?」とそこに驚きの声を上げた。
ヒロキが慌てて「前の仕事の関係です!」と否定すると、店長は「なぁんだ」と苦笑いしていた。
「でもこうしてまたヒロキに会えてホントによかった。あなたがヒロキの新しい雇い主さんなわけですね、よろしくお願いしますー」
店長と握手を交わし、店長も嬉しそうに「よろしくお願いします」と答えていた。引退したアイドルといっても、やはりアイドルなのだろう。出会えたことは貴重なのだ……色々な人物や要人に会っていたから自分にはそんな感覚はないけれど。
「さすがヒロキくん、すごい人と知り合いなんだねー。それにヒロキくんの知り合いってイケメンが多くない? 俺、気圧されちゃうよ。まぁ、ヒロキくんがかわいいからかな」
店長の言葉にヒロキは頬が熱くなった。
か、かわいいってなんだよ、店長、こんな時にそんなこと言わないでよ……それにイケメンは店長も含まれているよ。
しかし、ほくほくしていた胸のうちはあっという間に、店長の次の言葉で冷えてしまった。
「ヒロキくん、ジェイさんと積もる話もあるだろうから、休憩がてら出かけてきたら? 今のところは配達もないし、大丈夫だからさ」
「て、店長っ、それは――」
なんてことを言うのか、ジェイと出かける? そんなこと考えたくもなかった。
自分たちは、こうして会ったとはいえ、良好な関係だとは思えない。ジェイがなぜ自分を探していたのかもわからないのに。
……いや、予想はつくけれど。
きっとジェイは自分を恨んでいるのだ。理由はどうあれ、彼を表舞台から消してしまった要因は自分にあるのだから。
それのなんらかの仕返しかもしれない。ならばなおさら行くべきではない。ジェイにやられる自分ではないが、せっかくの静かな時間をまた乱すことはしたくないのに。
それに……店長の言葉はショックだった。自分の過去を何も知らないから『出かけてきたら』と促してくれたのは、ただ店長の優しさだ、それはいいんだ。
けれど他の人物と出かけてきたら、と言われてしまった。それは、やはりちょっとさびしい。店長にとって自分はそれぐらいの対象でしかないんだと思い知らされてしまったから。
『ウジウジするな、笑えばいいんだ』
店長は過去にそう言って助けてくれた人物が好きなんだ、ずっと。
店長、僕はその人物を知ってますよ。店長のすぐそばにいるんですよ……。
「わっ、本当ですか、店長さんって優しいなぁ。ボク、本当にヒロキのことをずっと探してたんですよ。話がどうしてもしたくって……ちょっとだけでいいから、ぜひお時間を貸してください。ヒロキ、いいよね、ねっ?」
ジェイは嬉しそうに笑い、ヒロキを見る。
いつも笑顔の素敵なアイドルと言われていた彼だ。いつも笑顔でいるけれど本当は笑っていないようにも見える、何かを秘めている気がする、その笑顔の裏に。
しかし店長の手前、断るわけにはいかない。
わかりました、とヒロキは答えた。
何があるにせよ、格闘を知っているわけではないジェイ相手なら戦うことができる、怖がることはない、大丈夫だ。
とりあえずどうして自分を探していたのか、その理由を聞いて対処するしかない。
あぁ、そういえばトウヤはどこに行ったんだ。彼がいればこっそりあとをつけてきてくれて、何かあったら手助けを頼めるのに、タイミングが悪い。
「ヒロキ、ここからちょっと離れた位置に車を停めてあるんだ。それでちょっとドライブがてら、話をしようよ」
「わかりました」
車か、狭いな。テコンドー技が使えない。
店長に「ちょっとだけ行ってきます」と言って、ヒロキはジェイとともに店を出た。
彼の言った通り、少し歩いた先には一台の黒いベンツが停まっていた。フロントガラス以外はスモークが貼られ、中を伺うことはできない……怪しすぎる。
ジェイは車の後部ドアを開けると自分を先に乗るように促した。ジェイも隣に乗り込むと後部座席のドアはバタンと自動で閉まった。
ジェイが後ろに乗ったから当然のことだが、前方の運転席には誰かが座っているようだ。だが前後を遮断するように黒いカーテンで仕切られていて、運転手の様子を伺うことはできない。
社内は爽やかな芳香剤の匂いが漂っていたが、自由を奪われ、急に冷たい箱に閉じ込められたような気分になる。
ジェイが「出して」と言うと車はゆっくりと動き出した。
どこに向かうのかわからない。
けれど外を確認する暇はない。
目の前の男の行動に、集中しなくては……危険な気がした。
「ヒロキがこんな田舎にいるなんて思わなかったよ。ボク、本当に探してたんだからね、キミに会いたくてさ」
横並びに座ったジェイは座った姿勢のまま、ヒロキの方へとにじり寄ってくる。
そして膝の上に手を置いてくると優しい手つきで膝をなでた。ズボンの上からでもわかる彼の冷たい手の感触に息が止まりそうになる。
「ねぇ、ヒロキ、なんでこんなところにいたの。なんでボディガードを辞めちゃったの。辞めちゃったのってボクのせい? ボクのことで責任を取らされちゃったの?」
ジェイは子供のように問い詰めてくる。しかしそこに無邪気さはない……彼にあるのは追い込もうとしてくる、恐怖だ。
「それは、あなたのせいじゃありません。僕は僕の決断で辞めただけです」
緊張に切れ切れになってしまいそうな声を振り絞って答えると、それで納得したかのようにジェイはヒロキの手を取り、ふふっと笑った。
「まぁね、確かにキミはボクを守れなかったからね。責任を問われるのは当然かもしれないけど、あの時はボクも悪かったと思ってるよ、勝手なことしてキミたちボディーガードから距離を取ってしまったからね。でもそれはもう過去のこと。それについては別になんにも気にしていない。それはボクも親父には言ってあるからさ。だから何もおとがめはなかっただろ」
名の知れた政治家である彼の父は鶴の一声で色々と動かす権力があるのは知っている。自分の父親と似たような存在だ。
彼を守れなかったという重大なミスは彼と自分の父親によって明るみにはされなかったのだが。
「……あなたは、それを本当に納得できたというのですか。納得できなかったから、今こうして僕を探しに来たんじゃないですか」
さっきからずっと嫌な気配がプンプンするのだ。ジェイが自分に対して抱いている黒い感情を感じるのだ。警護職だった仕事柄、人の目つき、話し方、行動で大体察しはつく。
ジェイは自分を良くは思ってはいない。当然なことだが、さらにどす黒いような思惑が彼にあるようなのだ、それは、なんだ。
それは――支配欲……?
「ボクはそんなこと、もう気にはしていないよ、本当に。それより今はさ――」
ジェイの伸ばした左手がヒロキの右頬に触れてきた。
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