第30話 店長に迫る危険

「ボクは別の目的があってここに来たんだ」


 いきなりジェイの視線が間近に迫り、妖しく光る瞳が自分を捉える。


「ヒロキ、ボクはヒロキが欲しいんだ。キミを手に入れたくてここに来たんだ」


 その言葉にヒロキは息を飲んだ。どういう意味だ、と頭の中で本能的なものが危機を察し、ズキンと痛んだ。


「そりゃあ、ボクだって最初はボクを守ってくれなかったキミに対して憎しみを抱いたよ。ボディーガードのくせに何やってんだよって。アイドルを引退してから、しばらくずっと悶々としていたよ。でもボクの父はキミの父を恐れて報復みたいなことはしないって言うし、ボクはただ我慢を強いられただけなんだ……不公平じゃない? キミはクビになっただけ、ボクは――」


 ヒロキの頬に触れているジェイの手の親指が動き、ヒロキの唇を押さえる。今は何も言わず話を聞くんだよ、と言わんばかりに。


「ボクは小さい頃から父には逆らえなかったからね、だから我慢はしたさ……でも我慢すればするほど、つらくてつらくて、キミへの憎しみは増していったよ。なんでボクは何もしちゃいけないのって。キミにはもう関わるなって言われたけれど、マジでぐちゃぐちゃにしてやりたいって思っていたけれど……でもふとね、気づいたんだ」


 ジェイの親指がゆっくりと唇をなぞる。


「ボクはキミをつぶしてやりたいと思っていたけれど同時にキミを愛でたいと思った。憎しみしかなかったけど、キミをボクのそばでしか生きていられないようにしてやりたいなってふと思ったんだ」


 笑みが怖い、すぐ横にいる男からは好意と憎しみのにおいがする。何をされるのかわからない恐怖、背中が冷える。


「キミが警備会社を辞めてしまって、いなくなってしまった時からボクは探したんだ。やっと見つけたキミはこんな田舎で、幸せそうに暮らしていた」


 唇を押さえるジェイの親指にわずかに力が入った。


「見ただけでわかったよ。キミはさっきスーパーの中にいた、あの男に惹かれているんだって。全く……警護に失敗してのボクの人生を台無しにしたくせに。ちゃっかりキミは幸せになろうとしてるなんて。そんなの許せるはずないだろう」


 ジェイが口角をぐっと上げ、笑みを浮かべた。それはアイドル時代、どんなファンをも魅了してきた笑みに違いない、輝く満面の笑みだ。


 だがそれも作りものの笑みだ。彼は子役からずっとアイドルとして存在していたから表情を作り出すことはできる。きっと本当の笑みを浮かべたことはないのだろう。その笑みは悪魔のようにも見える。


「ヒロキ、ボクはキミをボクだけのものにするよ。そのためにはまず、キミがいつも見ている大事なものを奪わなきゃ。あの店長の笑顔を消してやるよ。そうすればもうキミはあの男を見ない。ボクだけのことを見てくれるようになる――」


 その言葉が終わったと同時に、ヒロキは動いていた。ジェイの両手首をつかみ、彼が身動きできないようにマウントをとった。

 所詮ボディーガードと元アイドル。彼が言葉でいくら脅しをかけてきたとしても力や技において自分には敵うわけがない。

 今のうちにジェイの行動を食い止めてしまおう、そう思った時だった。


 ヒロキは自分に向けられている、ひどく冷たい何かの視線を感じた。それは車の前方、運転席の方から向いているようだった。


 見ればカーテンの隙間から小さな丸い穴を持つ細長いような物体が自分に向けられているのがわかった。

 それは銃だった。こちらを射抜かんと向けられ、ジェイに何かをすればすぐに熱い鉄の銃弾が自分の身体を引き裂こうとしている。


 くそ……なんでだよ、銃をなんて、なぜ。


 ヒロキはジェイの手首を押さえたまま動きを止めた。

 黒いカーテンで相変わらず運転席に誰が座っているのか見えないが、車が動いていることから運転手は車のハンドルを握ったまま銃口をこちらに向けている。運転しながらでも確実に自分のことを撃つことができるのだろう、おそらく気配とか感知して。それだけで前方にいる人物の腕の良さや自信がわかる。


「確かにボクじゃ、キミには敵わないよ、ヒロキ。キミはちっちゃくて見た目はかわいいけど、とっても強いもんね。けどそこにいる人物はキミより格段に強いよ。キミが勝てることはないだろうね。だからキミはボクを止めることはできない。ボクはキミを手に入れてみせるから……それまでは待っていてよ、ね?」


 ヒロキは力をなくしてジェイの手を解放した。

 ジェイはにっこりと笑みを浮かべると「次にヒロキに会えるのが楽しみだよ」と楽しそうに言った。


 しばらくして車は停まり、閉まっていたドアが自動で開閉した。

 ヒロキが降りるとジェイは車の中から「またねーヒロキ」とファンを見送るみたいに手を振って、ドアは閉められた。


 降ろされたのは商店街近くの駅のロータリーだった。目立つところあちこちに春祭り開催のチラシや看板が掲げられている。

 目立つことが好きなジェイだ、もしかして春祭りで人がいっぱい来る時に店長を襲うのだろうか。


 焦りと不安と緊張と。全てが自分の胸の中に渦巻いている。怖い、ジェイと共にいた相手の強さを考えると、また武器を所持しているとなると分が悪すぎる。


 あの人を守らなくては。

 あの笑顔を守らなくては。

 大好きな人を守らなくては。


 そう思っているのに、わかってはいるのに。

 怖かった。仕事にミスしてジェイの笑顔を奪ってしまったのも自分だが。

 それ以上に店長のあの笑顔を失うかも、と思うと。

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