第28話 過去の警護対象者

 笑顔の素敵なアイドル、ジェイ。

 過去に不審者に襲われ、顔に大きな傷を負って引退してしまった彼はどこにいるのか、誰にもわからないと言われていた。


「あいつ、性格悪かったですよね。こっちの言うこと聞かなかったし。だからの結果だったんですよ」


 陰口を叩くトウヤに返事はできず、けれど彼の言葉の意味は理解できていて。遠くで話をされているような感覚だったが内容がジワジワと頭の中に溶け込んでいき、胸が苦しくなる。


「それに親が政治家なんですから顔の傷ぐらい美容整形とかで、いくらでも治して復帰することだってできましたよね、それが意味深に謎の失踪なんかしたりして――」


 ……ジェイがどこかにいる?

 いや、彼だって人間なんだからこの日本のどこにいたって不思議ではないけれど。

 でももしそんな相手が顔を見れるぐらい身近にいて、偶然にも出会ってしまったりしたら。

 その人物と自分は……どんな会話をしたらいいんだろう。


「ああいう性格悪いヤツってなんだかんだ理由つけて、こっちに突っかかってきたりするんですよね。自分だって悪いくせに都合のいいことばっかり言ってきたりして――」


 彼がもし自分の前に現れたら……。

 自分の思考が深く、どこかに入り込もうとしていた時だった。ごく一般的な携帯の着信音がすぐそばで鳴り、ヒロキはハッと意識を戻した。どうやらトウヤの携帯のようだ。


「あーもうなんだよ、会社からだ。全くこっちは有給だっつーの」


 トウヤは着信画面を見て愚痴をこぼしながら「ハイハイなに?」と応答しつつ、店の外に出て行った。


 それと入れ違いで配達を終えた店長が「ただいまー」と、ネガティブなことを考えつつあった自分がホッとできる笑顔で戻ってきた。

 だがそれも束の間だった。


「あっ、ヒロキくん、聞いて聞いて! 俺すごい人に出会っちゃったんだけどっ」


 店長は何やら興奮していた。

 なんだろうとヒロキは軽い気持ちでいたが、胸の中は冷たい風が吹くように嫌な予感がして寒気がした。


「配達が終わってさ、車を駐車場に停めに行って

ここに戻ってくる途中でさ、なんかすごいかっこいい人が立ってたんだよ。背中からでもオーラかなんかを感じるのに、顔もスタイルもすっごい良くてさ。顔にちょっとだけ傷があるんだけど、それがさらにかっこいいなーと思って見てたらさ――」


 興奮して早口になる店長の後ろに人影があった。店長と同じくらい背の高い人物。うつむいているので前髪で顔が見えないが、金色の目立つ髪の所々に赤いメッシュが入っていて、見た目としては派手な人物で、この田舎町の商店街には、似つかわしくない人物だ。


「どっかで見たことあるなぁと思ったらさ、ちょっと前だけどテレビで見たんだよ。あの人気だったアイドルグループの、ジェイってヒロキくんも知ってるよね」


 ヒロキの表情は強張った。その名前は、たった今トウヤと話題になった人物の名だ。

 もちろん知っている、忘れたくても忘れられない。怖くて心の中がやめて、と叫びそうになっていた。

 しかし店長が今その話題を出すということは……そうなのだ。先程、トウヤもSNSで彼の目撃情報を教えてくれたのだ。


 今、SNSを見てみれば、よく知る田舎町の商店街が映るのかもしれない。元アイドルがこの美月町に来ている! 今とあるスーパーに入って行った! そんな話題になっているのかもしれない。


 この場からすぐにでも逃げ出したいが、それはあまりに不自然でできないこと。目の前で興奮気味に話す店長の笑顔は素敵なのに。目の前で起きている事態を現実だと受け止めたくないと思う。


 だが金髪の人物が顔を上げたことで、ヒロキは全ての情報を察した。目の前の人物について自分が今知り得ている全てがよみがえった。

 彼は口元に張り付いたような笑みを浮かべており、目元も弧を描いて笑っている。一見するとにこやかな素敵な人物だ。


 左目の方の下には長さ10センチにもなる大きな傷がある。傷跡は縦に走り、一瞬見た人をびっくりさせる。今の美容の技術なら割とその傷跡を消せるのではないかと思うが、その傷跡はわざと残しているのではと思うほど肉が割れたようにくっきりと残っている。


 それは彼を表舞台から消してしまった原因。

 笑顔の素敵な彼を、輝いていた彼を、光の下から影に追いやってしまった。


 立ち位置をずらし、その人物をヒロキに見えるようにしてから店長が笑顔で言う。


「ヒロキくんも知ってるでしょ、あのアイドルのジェイ! まさかこんなところにいるなんてね」


 来てしまった、どんな顔をしていいのかわからない。

 ただ表情が強張るのを感じながら、ヒロキはその人物を見た。

 笑顔で自分を見ているその人物を――。

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