全ては警護対象者をまもるため

第27話 別れの覚悟と不安

 あれから一週間が経つ。

 田舎の美月町は何事もない静かな日々が続いていた。

 だがもうじき美月町の一大イベントが行われる。二日後にはいよいよ大瀬神社での春祭りが行われるのだ。たくさんの売店、踊りなどの出し物や余興。多くの人が訪れてとてもにぎやかになる。


『俺は売店の手伝いしているから、ヒロキくんも絶対に寄ってね』


 店長には以前『一緒に売店の手伝いしない?』と誘われていたのだが。せっかくだから『春祭りを見学したい』と言って手伝いは断り、観客として楽しませてもらうことにした。


 そして店長にはまだ言っていないが春祭りが終わった、この晩には店長に理由を話して自分は元いた場所に帰るつもりだ。

 父の具合が良くないから、とでも言えばいいだろう。本当は父のためなんかじゃないけれど。


 もう会えないかもしれない。だとしても自分のこれからの居場所とは離れたこの美月町で店長が笑顔で過ごしていけるならば、それが一番だ。


「こんちはー! ヒロキ先輩いますかー?」


 スーパー“太陽”の店番をしていた時、今日もまたにぎやかな声を発するトウヤが現れた。

 彼はただ今絶賛有給休暇中だ。こっちのビジネスホテルに泊まり、毎日遊び歩いているが食事の調達などはこのスーパーで補っている。パートのキクさんの作ったお惣菜がすっかりお気に入りだし、キクさんにも気に入られてたまにお惣菜をおまけしてもらって大喜びしているのだ。


「こういう手作りのお惣菜って向こうじゃ、なかなかないっすもんねー、ホントうまくて最高っ」


「ありがとうね、お兄ちゃんいつも買ってくれて」


「いえいえ、こちらこそおいしいお惣菜をいつもありがとう、おばちゃん!」


 トウヤはすっかりキクさんとも仲良しになっているが、トウヤにとってはおばあちゃんのような存在らしい。前に言っていた気がする、小さい頃はおばあちゃんにべったりだったんだーと。


 トウヤとキクさんがにぎやかに話している一方で配達の準備を終えた店長が、荷物の入った段ボールを抱えながら「ヒロキくん、配達行ってくるね」と言って店を出て行った。

 それを笑顔で見送ると、誰もいなくなった出入り口を見ながら、ヒロキは震えそうになる深いため息を吐いた。


 その様子を見ていたトウヤが「ヒロキ先輩、大丈夫っすか」と声をかけてくる。キクさんにもらったのだろう、串に刺さった焼き鳥を頬張っている。


 大丈夫、と言われれば……大丈夫ではないというのが本心だ。胸が苦しくてどうにかなりそうだ。

 ヒロキは目を閉じ、呼吸を整える。目を閉じるとあの人の笑顔が浮かぶ。

 その笑顔は、いつもあたたかい。

 居場所のなかった自分を迎えてくれる太陽だ。


 大丈夫です、僕はあなたを守り抜いてみせますから。


 ヒロキがパッと目を開けると。目の前に大きな壁のようなものがあった。見上げてみればトウヤがすぐ目の前にいた。

 自分を心配する人懐っこい犬のような視線がそこにあって、背が高い彼だから自分を見下ろしている。居心地が悪いような、視線がくすぐったい。


「……なんだよトウヤ」


「先輩、抱きしめて、オレがなぐさめてあげましょうか」


「はぁ、何言ってんだよ、ここは店の中だよ」


 そうは返してみたが、トウヤはいたって真剣だったようで、表情が珍しく真顔だ。


「だって好きな人には笑っていてほしいじゃないっすか……先輩はそう思わないんですか?」


 トウヤの的を得たその言葉に、ヒロキは言葉を失う。

 その言葉には「確かに」としか言いようがない。そんなふうに考えるのは自分だけじゃないのだ、トウヤだって――。


 ヒロキは店長が出て行った店の出入り口にもう一度目を向ける。途端に何度目になるのか、ため息が出てしまった。


「……先輩、オレはヒロキ先輩の好きな人にはまだなれませんかね。先輩のそばにはずっといるのに、先輩はなかなか見てくれないですよね」


 そんなことをさびしそうにつぶやくトウヤに「ごめん」と謝ると、トウヤは口を尖らせて「謝らないでくださいよ」と言った。


「悪いけどオレはまだ負けたわけじゃありませんから。ていうかあきらめてませんからね。でも別に邪魔したいわけじゃないですから。ただオレは先輩のそばにいたいだけです」


「なんでそんなに……」


「そりゃあヒロキ先輩がかわいいからですよっ、強くてかっこいいけどかわいい! だからオレは大好きなんです……悪いですかっ」


 ちょっとふてくされたような口調で言う姿を見てヒロキは苦笑いする。

 トウヤに悪気はない、ただの素直な持論だ。かわいいもかっこいいもどうかなとは思うが、トウヤは素直に感情表現をしているだけなのだ。自分もそういうことを素直に言えたらなぁと思う。


 店長のそばにいたいんです、って。


「そういえば先輩、俺この間、SNSで見たんですけど。あいつがね、結構あちこちの町をふらふらしているらしいですよ」


 不意に誰かの話題を出したトウヤに、ヒロキは首をかしげた。

 あいつって誰? と問うと。トウヤは「あいつです」と簡単に答えた。


「だからなんだよ、あいつって」


「あいつはあいつです。オレはその名前を口にしたくはないです。だってヒロキ先輩を陥れたあいつですよ、あいつ」


 ヒロキはさらに首を斜めに傾げた。トウヤの指す“あいつ”が誰なのか、見当がつかないけれど。

 トウヤがそこまで嫌っている“あいつ”という人物、自分を陥れたあいつ。

 そう考えて一人の人物が思い浮かんだが、別に陥れられたわけじゃない。


 けれどあの人物だろうか。

 あの元アイドル。

 ついこの間も特番で取り上げられていた。

 過去の華やかな人物。

 そして自分が失敗してしまった、過去の警護対象者。

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