第20話 ウジウジしない
何かを言いたい。何か言わなければ。でも何を言ったらいいのか、わからない。
ヒロキが言葉を発せずにいると、店長は「ヒロキくん」と先に口を開いた。
「大丈夫だった?」
心配してくれるその言葉に涙が出そうになる。店長も身体が痛そうなのに、それでも笑っている。
「なかなか強烈なお兄さんだったね。でもヒロキくんのこと、すごく心配してる感じだった。黙って出ちゃったんでしょ、そりゃ心配するよね、かわいい弟だし」
「店長、すみませんでした。色々、その……」
自分の身の上を語らなかったことも。
タカヒロが店長にした仕打ちのことも。
店長を守りたいと言ったのに自分が守れなかったことも。くやしくて、うつむいた。
すると目の前にいる店長は「大丈夫だよ、俺は」と明るい声で言った。
「大丈夫、俺は……俺は何にも逃げることはないし。何にも怯えるつもりもない。ヒロキくんが
偉い人の子供だからといって、だからどうしようっていうのもない。ヒロキくんがここにいたいって言うなら俺は賛成だよ……でも、そっか。こんな俺じゃあ、ヒロキくんの方が嫌かもしれないね」
店長の言葉が気になり、顔を上げる。店長は口元は笑っているが視線は悲しそうに地面を見つめている。
そうだ、自分も身の上を明かさなかったが店長のことも詳しくはわかっていない。タカヒロは言っていた、この男には前科があると。
けれどそれを自分から聞く勇気はない。店長に前科があるからなんだって言うんだ。今がこんなに素敵な人なんだからいいじゃないかと思う一方で。
店長は何をしたんだろう、という疑問も抱いてしまう。この笑顔の裏で店長は何をしてしまったというのか、想像がつかない。
「……ヒロキくん、とりあえず帰ろっか。お店まだ閉めてないし、遅くなるとキクさんが心配しちゃう」
そう言われて「はい」となんとか返事をして、歩くのもつらそうな店長に肩を貸した。タカヒロにたたきつけられたことで、どうやら足を痛めてしまったらしい。忙しい身なのに申し訳ないことをしてしまった、守れなかったと後悔の念にかられた。
店に戻ると、店長が「そういえば」と思い出したように言った。
「ごめん、もう一つ配達して欲しいものがあったんだ。ヒデのお店なんだけど調味料を頼まれていたから、ヒロキくんに頼んでもいいかな」
店長は店の中に置いてあったビニール袋に包まれた調味料をヒロキに手渡した。確かに足を痛めている店長に無理をさせるわけにもいかないが。なんだかそれを口実に少し距離を置かれたような気がしないでもない……でも自分も今は、店長とうまく会話ができる自信がない。
ヒデアキの店はスーパーから歩いて五分ほどのの距離で同じ商店街の中にある。
何も考えず無心でとぼとぼと歩いていたら、あっという間についてしまった。
「おっす、ヒロキ、なんでしょぼくれたツラしてんだよ」
ヒデアキの店はお弁当屋だ。ヒデアキの立つ窓のような形のカウンターの下には、おいしそうなお弁当のメニュー写真がずらりと貼られており、 そのカウンターの上にヒデアキは肘を置き、その上にあごを乗せて店番をしていたところだ。
「ヒデさん、調味料を配達しに来たよ」
荷物を渡し、それだけ言うと「じゃあね」とヒロキは店に戻ろうとした。
だがすぐさまヒデアキに「おい」と呼び止められた。
「また何か騒ぎがあったんだろう、大丈夫なのかよ」
ヒデアキがその問いに、ヒロキはすぐに返事ができなかった。だがそれが逆に返事となった。
ヒデアキは「やれやれだな」とあきれたという表情を浮かべる。
「ヒロキ、わかっちゃいるだろうがここは田舎だ。何か事件があればあっという間に町中に噂になって広まるんだ。お前たちが川原で、なんかもめてたのもとっくに知れ渡ってるからな」
「そ、そうなんだ……ごめん、でも僕のことだから問題はないよ」
そう言うと、ヒデアキは「ふぅん」と口を尖らせたかと思えば、言いづらい言葉をズケズケと言い放ってきた。
「まぁなぁ、お前とお前の身内の問題だろうけどさ。でもあいつは巻き込まれてるだろう。あいつは別に何も悪いことはしていない、けど巻き込まれてる。それってさ。誰のせいなんだよ?」
グサッとナイフを突き立てられたように胸が痛んだ。
「悪いなヒロキ、俺は別にお前のことが嫌いなわけじゃない。むしろ好きだ。だけどあいつのことも大事なんだ。だから言っときたい。お前があいつのことを好きなのは、それはそれで応援してる。けどそれが中途半端な気持ちなら、あいつを巻き込まないでやってほしい。お前だってわかってるだろう。お前が来たことであいつの静かだった時が乱されているのをよ」
何も言い返すことはできない。言い返す資格はない、だってそれは事実だ。自分が来たことによって店長はトラブルに巻き込まれるようになった。
最初のうちは店長を守ることができたけど、トウヤの時だって、タカヒロが来たのだって自分のせいなのだ。自分がこの町に逃げてきたからだ。自分が一番厄介なのだ。
一気に心がガツンと悲しくなり、潰されそうになって唇を噛み締める。そうしているとヒデアキは「顔を上げろ」と言った。
「お前はあいつが好きなんだろ、前に言っただろう、俺は別にお前のその気持ちに反対はしねぇし、むしろ応援してる。ヨウは俺の幼なじみだ、どんな形でも幸せになってほしいと思ってる。だけどあいつを好きなら中途半端な気持ちでいるんじゃねぇ。あいつは一途なんだ、その思いを受け止めてくれるようなやつじゃなきゃ、またあいつがつらい目に遭うだけだ」
一途……その言葉はあの店長にピタリと当てはまる気がする。だって店長は昔助けてくれた名前も知らない人物をずっと想っているのだから。
なぜそこまで。
そう考えていた自分の思いがわかったのか、ヒデアキは小さく笑った。
「あいつの心の支えだったんだよ。つらいことがあっても、たった一度しか会ってなくても。あいつにとっては支えだったんだ」
その言葉にヒロキはうなずいた。
自分は知らなければならないことがまだあると思った。店長が好きなら彼のことをもっと知っておきたい。
けれどそれは今、ヒデアキに聞いたって教えてはくれないだろう。
「ありがとう、ヒデさん。あとで店長と話をしてみる。教えてくれるかはわからないけど」
自分の決意を告げると、ヒデアキは「頑張れよ」と言ってニッと笑ってくれた。応援しているというのを笑みから感じられた。
「でも僕に望みあるかな」
「それはまぁ、お前次第だろうよ」
「ところでヒデさん、こんな話、お弁当屋の前でするにはちょっと重すぎない?」
「お前が情けない顔してるからだ」
そんな冗談を言ったら心がちょっと軽くなった。
そうだ、こんなところでウジウジしてる場合ではないのだ。笑って乗り切らなきゃ。
気を取り直して店長の所に戻ろうと思った時、 ヒデアキが言った。
「ついでに夕食の弁当買ってけ」
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