第15話 デッドヒートの末
「あいつさー、めちゃくちゃ鈍感なんだよ」
その言葉にヒロキは「ん?」と固まる。
「あー、だからな。お前がもしあいつのことを好きなら、あいつはちょっとやそっとのことじゃあお前の好意っつーのは全く伝わらねぇ。あいつにとってはあいつの昔からの好きなやつが全てだから。他のやつに何されたって、なーんにも響かないんだよ」
「そ、そうなの?」
「あぁ、昔、あいつを好きだっていうやつがいたんだけど、あいつにいくら擦り寄っても、ほめても、直接好きだーって言っても、あいつなんにも答えないんだよ、今の告白聞こえてなかったのかって思うぐらいな」
ヒロキは拍子抜けした気持ちを抱きつつ「そんなにひどいの?」とたずねる。
ヒデアキは運転しながら首を大きく縦に振った。
「結局、あいつに想いを寄せてたやつはあきらめちまってな。あとで俺がヨウに教えたんだよ『あいつはお前のことが好きだったんだぞ』って。そしたら『好きってなんだ?』って言いやがってさ、恋愛感情として好きなんだよって怒鳴ったら、やっとそこでわかったんだ。それくらいにあいつは鈍感でなぁ……あいつを好きなやつがいると、見てるこっちがいつも不憫になるわ」
突きつけられた真実に「はぁ」としか答えられない。店長、鈍感なんだ……でもそこはどうしたらいいんだろう、どうすべきなんだ?
対応策を悩むしかできなかったが、ヒデアキに「いいのか?」と聞かれたから、とりあえず「いい」とヒロキは答えておいた。いいも何も好きになってしまったんだから。
ヒデアキに「お前、もの好きなんだな」と呆れた感じで言われた。そしてヒロキの頭を片手でハンドルを握りながらポンポンとなでてくる。
「全くお前も大変なやつを好きになっちまったなぁ。まぁ、お前がそこまであいつが好きなら俺はしっかり応援してやる。だから頑張れ、とりあえずはめげるなよ」
そんなことを応援してくれるというヒデアキになんと返していいやらだったが「ありがとう」と返しておいた。
でもヒデアキは、なぜそんなことを急に聞いてきて、応援してくれる気になったんだろう。不思議に思って聞いてみると彼は言った。
「お前、昔俺に蹴りをくらわしたやつに似てるんだよなぁ、だからさ――」
そうなの、と思った瞬間、車の外が騒がしくなった。
何かと思って車の外を見てみると、車のすぐ隣を一台のバイクが並走して走っていた。黒いヘルメットをかぶった大型バイクだが――自分はそのバイクを知っている。
「トウヤ……」
突如現れた知り合いにヒロキは唖然とした。
「なんだ、もしかしてさっきお前の店の前で騒いでいたやつか、ずいぶん調子こいてんじゃんか」
ヒデアキは舌打ちするとハンドルを握り直し、アクセルをグッと踏み込んだ。
途端にスピードが上がり、ヒロキの頭がグッと後ろに持っていかれる。隣を走るバイクもブォンとアクセルをふかし、スピードを上げた。
急遽始まってしまったレースは山道で、対向車や他の車は走ってはいない。ヒデアキの車と謎のバイク――二台で山道をすごいスピードで連なり、登っていく。なかなかのスピードが出ているからアクション映画にでも参加しているみたいだ。
ヒデアキもバイクを引き離そうと躍起になっているのか、右へ左へとカーブの度に見事なハンドルさばきで車を操っている。
「カ、カースタントじゃないんだからっ!」
ヒロキが叫ぶと「だって追いかけてきたら逃げたくなるじゃんっ」と、ヒデアキは変な理由を述べて再びアクセルを踏み込んだ。
やばいやばい、このままではカーブで曲がりきれなくて、いつか崖から落っこちる気がする、というかトウヤはなんで追いかけてきているんだ。多分、自分の住んでいる都心のマンションからバイクをここまで走らせてきたんだろうけど。わざわざなんで、こんなとこまで⁉
どうにかしなければ、このままではいつか命が消える気がする。別にトウヤから逃げる意味なんてない……そうだ、トウヤに言わなきゃだ。店長にもさっき言われたじゃないか。
彼は悪そうな人じゃないから思ってることを伝えてみればいいっって。
「ヒデさんつ、逃げなくて大丈夫だからっ。ゆっくりどっかで停まってくれる?」
「停まるだぁ? 停まって車降りた途端、あいつにボコボコにされるとかねぇよな?」
「大丈夫だよ、トウヤはそんなやつじゃないから」
「本当だろうなー、悪いけど俺、ケンカは苦手なんだよ」
顔に似合わないことを言うヒデアキに、ヒロキは「大丈夫だから」と念を押した。
するとヒデアキはアクセルをゆるめ、速度を安心安全なものに落とした。隣を走っているバイクもスルスルと速度を落とし、ツーリングで景色を楽しんでいるかのようになり、ヒロキはホッと胸をなでおろす。
トウヤの表情はヘルメットのせいで伺い知れないが、どんな気分で今追いかけてきているんだろう。そして何を思って追いかけてきたのだろう。
しばらく山道を登っていると見晴台になっている駐車スペースにたどり着いた。他に車は誰もいない。
ヒデアキはどこでも停め放題の白線の中に車を停めると「本当に大丈夫かよ」と心配していた。
「大丈夫だよ、トウヤは悪いやつじゃない。それは職場で一緒だった時からわかっている。ちょっと変なやつではあるけど気のいいやつだから」
車の中から様子を見ているとトウヤも白線の中にバイクを停め、ヘルメットを抜いで見晴し台の上から下に広がる町の景色を眺めていた。
「ヒデさん、ちょっと待ってて。行ってくるから」
ヒロキは車を降りると見晴し台の木の柵の前に立っているトウヤに近寄る。彼に殴られた足がまだジンジンと痛むが歩くのはなんとかなった。
トウヤの隣に立つと彼は「先輩ごめんなさい、足」と申し訳なさそうにつぶやいた。
「先輩を痛い目に合わせたいなんてこれっぽっちも思ってなかったんです、本当にごめんなさい」
心底申し訳なさそうにトウヤが声を震わせている。そんな彼を見ていたら、やっぱりいいやつだな、とヒロキは思った。
「大丈夫だよトウヤ。久しぶりにお前のパンチの威力を思い知ったよ、さすがだな」
ほめてやるとトウヤは照れくさそうに「そんなことないですよ」と小さく笑った。
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