第16話 ごめんなさい
「トウヤ、僕の方こそ色々悪かった。黙っていなくなっちゃって……でも言いづらかったから。僕は依頼に失敗して責任を取って辞めただけだったから」
トウヤは隣でグッと革手袋を握りしめた。
「でもあれはっ、あの依頼主だって悪いんですよ。勝手に離れたりするから! 先輩たち警備チームが前に出てなかったんです。いくらオレたちだって警護対象が自分勝手なことすれば守れるはずないんですよ」
「……そうなんだけどな、でもあれは責任を取らないわけにはいかなかったんだよ」
よりによって厄介な相手を守れなかったのは事実だ。それはあの時の責任者だった自分が責任を取らなければならなかった。
それに……辞めるきっかけを探していたのも事実なのだ。
トウヤは納得がいかない感じで「うーん」と唸っているが責任者とはそういうものだ。依頼主との信頼関係が築けなかったからこそ起きてしまった事態なのだ。任務に失敗してしまったなら責任は取る……トウヤはまだ若いから、そういうのに納得はいかないだろうけど。
「それよりトウヤ、トウヤは僕を連れ戻しに来たの?」
トウヤは見晴し台の景色に目を向け「そうです」と答える。正直なやつだ、と思った。
「先輩がいなきゃ、やっぱりダメですよ。先輩はなんでもできていつでも完璧でした。オレ、そんな先輩みたいになりたいから、あの警備会社に入ったんです。それなのに目標である先輩がいないなら、やっていく意味がない」
「そんなことないよ、トウヤはトウヤで立派なボディガードだ。トウヤがしっかりと実力を備えていることは見ていたからわかっている」
まだ状況を瞬時に把握したり、物事を冷静に考えるということには疎いが、それは経験を積めばなんとかなることだ。
トウヤにはしっかりと務めを果たしてほしいと思う。そのためには自分の考えを伝えておかなければならないだろう。
「トウヤ、僕はさ、前の仕事は責任をとって辞めたんだけど。でもそれは表向きな理由でもあるんだ……本当はさ、僕、自分の本当にやりたいことを見つけてやってみたいと思ったんだ。仕事を辞めたのがきっかけみたいになったけど、そこで思ったんだ。与えられるものばっかりに浸っているんじゃなくて。自分が選んだやりたいこと、楽しいことをやってみようって」
それがこの田舎町で、あの素敵な店長と出会って。スーパーという仕事をやるきっかけをもらい、自分もそれを選んで。
自分は今、とても楽しい毎日を送っている。ボディーガードに比べたら平凡だと思われる仕事かもしれない。商品を売って出して、お客の相手をして笑って。
けれどやってみるとなんでも仕事は大変だ、簡単にはいかない。自分は店長みたいにいつも笑って接客することがなかなかできない。頑張ってはいるけれど「顔が硬いなぁ」と店長には言われる。
けれどやっていて、とても楽しかった。頑張って笑おうとするのは大変だけど、店長がいつも応援してくれたから。自分が店長を好きであるから頑張れる……それが一番大きな理由かもしれない。
あの笑顔が自分を導いてくれたのだ。
あの太陽のような笑顔が。
店長の笑顔を思い出し、浸っていると。トウヤが不満そうにふーっと息を吐いていた。
「……よりによって、なんであんなに弱そうなやつなんですか? 先輩にはもっと強いやつの方が相応しいと思いますけど」
「それはトウヤの偏見だろ。それに僕より強いやつなんてそう簡単にはいないよ。トウヤも強いけど僕にはまだ勝ったことないでしょ」
「まぁ、さっきは勝ちましたけどねー。でも先輩の足痛めちゃったからな、勝ち負けはないか」
そう言いながらトウヤは肩をすくめた。
「それに……オレ、あの店長には結局、最初から負けてるんですよね。あいつ、オレのパンチを目の前にしてんのに微動だにしなかった。逃げようとも避けようとしないで。そのままバカ正直に受ける気満々で立っていましたよ、先輩のために。あぁされた時点でオレ、こんなのに負けたんだなって思っちゃいました」
悔しいですよ、とトウヤは腕組みをした。
そして空を仰ぎながら「でも」と。言葉にしづらそうな声を発する。
「でも先輩……あいつからはヒロキ先輩を好きっていう匂いはしないですよ。嫌ってはいないけど、それ以上はなんも感じられなかった」
不意に突きつけられた現実にヒロキは小さく「わかっているよ」と返した。
わかっている、それはとてもわかっている。自分でも体面で感じられるし、ヒデアキにも教えられた。
「そうだよ、あの人は僕のことは別に好意を抱いてはいない。でも、それでもいいんだ。僕はあの人を守りたいだけだから。あの人に笑っていてほしいだけ……だからトウヤ、あの人に手を出したら僕が許さないよ」
「今はあいつが先輩の警護対象ってわけですか」
トウヤはフフッと、少し悔しげに笑った。
「わかってますよ、わかってます。くやしいけどヒロキ先輩の好きな人なんだから手は出しません。本当はこっそり海に沈めたいくらいだけど、そんなことしたら先輩にますます嫌われちゃうから」
「別にトウヤのことは嫌いじゃないよ」
「じゃあ好きですか?」
「そこまではいかない」
トウヤは「ひどいなぁ」とコケそうになった。
でもそれが真実だ。
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