第13話 気分転換
怪我をしたことで思うように動けなくなり、結局、店長の「無理はしないで」という配慮で早退することになった。
店長宅に戻り、いつも店長とご飯を食べるガラステーブルの前に座り、ペットボトルのお茶で痛み止めを飲みながら、店長に迷惑かけちゃったなぁ、という罪悪感に苛まれる。
(まさかトウヤがここまで来るなんてなぁ)
そう思ったら途端に不安になり、トートバックにつっ込んでいたスマホを確認する。
引っ越してくる前に新機種に変え、電話番号も変えたスマホは誰の着信も知らせてはいなかった。
「よかった」
でもこれからも、誰にも知られないっていうのは無理かもしれない。一番知られたくないのは父と兄だ。母はすでに他界しているが、もし空の上にいるのだとしたら自分の様子を見て心配してくれているかもしれない。
父と兄にはここを知られたら絶対に連れ戻しに来るだろう。父は直接来ないだろうが、多分兄を使いに出して来る。自分の手駒として動かしやすい位置に置かないと気が済まない性格だから。
(いいようにされてたまるか。これまでずっと言いなりになったんだ。もう僕は僕でやりたいことをやるんだ)
ボーっとしていてもしかたないと思い、テレビをつけた。午後のワイドショーがやっており、昔活躍したアイドルや俳優の『あの人は今』みたいな特集を組まれていた。
しばらく見ていると一人のアイドルが放送され、それを見た自分の顔が強張ったのがわかった。
『アイドル、ジェイは今どこに?』
そのテロップに「ジェイ……」とつぶやいてしまう。テレビではキラキラと輝く衣装を纏い、金色の髪をしたイケメンが満面の笑みで歌って踊っている。
ジェイは『さわやかな笑顔が素敵なモデル』から始まり、歌手や俳優としての活動で躍進していった。甘えたような性格も多くのファンを魅了し、これからも恒星のように輝き続けるかと思われた。
しかしこのアイドルは三ヶ月ほど前に引退し、姿を消したのだ。
父親が政界にいるということだが、そのことをテレビで話題に出さず、親の七光りとして呼ばれないために頑張っている印象があったのだが。
輝いている人物は皆に声援を送られ、賞賛を浴びる一方、一部の人間からは妬まれることもある。若いながらの高飛車な一面があるジェイも、それは論外ではなかった。
大きなライブを終えた後、ジェイは警備をかいくぐり、ファンサービスと称して人だかりへ出てしまった。みんなにきゃあきゃあと騒がれる中、笑顔を振りまくジェイ……そんな彼を見つめ、人混みに紛れる怪しい者がいた。顔を隠すために目深にニット帽をかぶった男だった。
ジェイはファンに夢中で危機感の全くない無防備の状態。ファンに囲まれてはいるが彼の身を守れる者は誰もいない。
男は静かにジェイに近づき、ナイフで切りつけた。ファンから悲鳴が上がる。床にもファンの身体にもジェイの血が飛び散る。ジェイ自身も白いラメ入りの衣装が鮮血に染まる。騒ぎを聞きつけた周囲の警備員が現場に駆けつけ、犯人はすぐに逮捕された。
ジェイは命に別状はなかった。だが顔を切りつけられてしまい、傷痕は大きく残ることになってしまった。それをきっかけとなり、彼は芸能界から引退してしまったのだ。
ヒロキは膝に置いた手をグッと握りしめた。ニュースを見ている目が痛い。胸も痛い、ムカムカする。
「くそっ」
ひとりごちていると突然インターホンが「ピンポーン」と音を鳴らし、ヒロキは飛び上がった。
誰だと思って玄関に行くと「あー、俺、俺、ヒデアキ」とドスの効いた声が聞こえたので「なんだ」と胸をなでおろす。
ドアを開けると「よぉ」と片手を上げたヒデアキが立っていた。
「おたくの店長から頼まれてよぉ。お前が心配だから、ちょっと様子見てやってくれって。なんか騒ぎがあったみてぇだな?」
ヒデアキの言葉に苦笑いすると、彼はそれだけで面倒くさそうなことがあったんだなということを察したみたいだ、勘がいいよなぁと思う。
彼は顔は怖いが実はとても優しく、気を使ってくれる人物だというのは、今はもうわかっている。
「まぁ、家ん中いても暇だろうから、ちょっと気分転換にドライブでも行くか? 足が痛くて歩けねぇなら俺がおぶってやるぞ。途中で落とすかもしれねぇけど」
さすがにそれは大丈夫、とお断りしてから「ありがとう」とヒロキは言った。
ヒデアキはシルバーの軽自動車に乗っていた。助手席に座りながら「一般的な車だね」と言うと「田舎だからな」という言葉が返ってきた。
目立つ車に乗るとすぐに身バレするし、狭い道が多いから田舎を走るには小さい車の方が都合がいいそうだ。確かにこんな田舎でベンツでも乗っていたら、どこの誰かなんてすぐにわかっちゃうよね。万が一車をどこかにすったら、逃げも隠れもできなくなってしまう……しないけれど。
冬の午後なので日も傾いてきている時間だが、天気がいいので車の窓から見える外の様子は気持ちが良かった。観光バスも通るということで整備された道路を走り、穏やかな木々の合間を車が通り抜けていく。
「ヒデさん、運転上手なんだね』
すっかりヒデアキとも親しくなり、自分は彼のことを「ヒデさん」と呼んでいた。ヒデアキには「ヒデでいい」と言われているけれど、なんとなくだ。
「都会と違ってな、こっちの道は走りやすいんだ。これで事故るなんてヤロウはよっぽど運転センスのねぇヤツだ」
「あ、店長。田んぼの道で一回脱輪したことあるって言ってたけど」
「あいつはなぁ、たまにボーっとしてるからな……」
こんなところで店長の悪口を言っていては店長が今頃くしゃみしてるかもと思い、おかしくて笑ってしまう。店長のことで笑っていたのがバレたのか、ヒデアキも親友の失態を想像して「ハハッ」と笑った。
そしてほんの数秒が経った後で「そういえばさ」と話題を変えるように言った。
「お前ってさ、昔、この辺にいたことないか?」
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