第11話 店長がっ!
トウヤが昔から自分に好意を抱いているのはわかっている。それは人としてどうかと思うくらいの異常な執着を見せることもあり、けれど無理矢理に何かをしてくるというものではなくて。自分が適当にあしらっていたから今まではなんとかなっていたが。
今のトウヤにそれは通じるだろうか?
警護職だけあり、他人の雰囲気や変化に敏感な男だ。以前は持っていなかったが、今は自分が持ってしまっている、この想いを――店長を好きになっているという、この想いを持っているとわかったら。
その対象となる人物に危害を加えたりとかは……?
トウヤは黒手袋の指先で鼻をこすると、スンッと小さく鼻を鳴らす。
すると切れ長の目が怪しいものを見るように細められた。
「……先輩、先輩から好き、の匂いがしますよ? それはこの店の中にいる誰かに向けられているのかな……先輩、好きな人、できちゃったんですか? ホントに? 今まで恋愛に興味のなかった先輩が?」
ご機嫌だったトウヤの口角はすでに下がっている。やばい、冷や汗が止まらない。
そんな時に運悪く「ヒロキくーん」なんて、のんきな声を出した店長が店の中から外に出てこようとしていた。
(――店長っ!)
トウヤが、動き出した。そんなトウヤに合わせ、自分も思い切り地面を蹴り――瞬間移動のように店長の前に来た。夢中で「早く!」と声に出しつつ、蹴りを放つ。
「えっ、あっ……ヒロキ、くん⁉」
店長が呆気に取られている前で自分の蹴りとトウヤの放った右パンチがぶつかり合う。硬いが軽いもの同士がぶつかりあったような音がパァンと辺りに響く。ズキンと足が痛む。
とっさに放った蹴りだったから相手の攻撃を受けた位置が少し悪かった。一番ダメージを食らうすねに当たってしまったのだ。
トウヤのパンチを受けた部分が熱くなる、ピリピリする、痛い。地面に足をついてみたが、ついているような感覚がない。動くから折れてはいないと思うけれど……いってぇ。
それでも再び店長への攻撃を防ぐためにヒロキは店長の前に立ち、いつでも蹴りを放てる態勢を取る。
「トウヤ、お前何してんだよ! 一般人を殴ろうとするなんて普通に暴行だぞ!」
「大丈夫ですよヒロキ先輩。今のオレの一撃くらいだったら死にはしません、ちょっと勢いよく飛んで気を失うくらいでしたよ。それを先輩が受け止めちゃうからぁ、先輩足痛めちゃって……あ、でもオレが介抱してあげますから安心して、ね?」
そう言うとトウヤは次のパンチを放とうと距離を詰めてきた。今度の標的は店長ではなく、完全に自分になっている。もちろん致死的なものではないだろうが、自分がやられたら、そのあとで店長がひどい目に遭わされる可能性がある。
それは絶対にダメだ、店長は僕が守るんだから。
トウヤは自分の欲望のためなら容赦ない一面がある。それは自分より三つ下で若さゆえのものなのだろうが、性格は素直な良いやつなのだ。
けれどただ真っ直ぐ突っ走るという、ちょっと危ないやつだったりもする。
「先輩……次は反対の足、痛めちゃいますよ?」
攻撃を受け止めなければ、とヒロキは両手を前に広げる。カウンターを出せるようにしたいところだが足が痛くて思うように動かせそうにない。どうあがいても攻撃は相手の方が早いことは予想がついている、だから次は身体を犠牲にして守るしかない。
トウヤは不敵な笑みを浮かべている。なんなんだ、いきなり現れて……くそっ、と毒づいてしまう。店長、店長を、なんとかっ。
その時だった。自分の目の前に大きな影が現れた。オレンジ色のエプロンの結び紐が腰の位置に見えている。
「て、店長っ、ダメだっ!」
なんのガードもできない人がトウヤの一撃を受けてはいけない。慌てて呼びかけたがそんなものは間に合わないのだ。すでにトウヤの右フックが店長の顔面に向かって伸びている。
「店長っ!」
思わず叫んでいた。自分に放たれる攻撃よりも怖い、怖くて思わず目を閉じてしまった。守るって決めたのに!
まぶたを落として世界は暗くなっている。
周囲が異様に静まりかえっている。
どうなった……と思って目を開けると。
店長は何事もなかったようにそこに立っていて、トウヤの放った拳は店長の顔に当たる寸前のところで、時を止められたみたいに止まっていた。
「わわっ、なんだよっ」
トウヤの慌てる声が響く。なぜなら伸びた腕を店長にガシッと掴まれたからだ。そしてそのまま店内に引きずられていく。
「ヒロキくんも、こっち来れる?」
自分にも声をかけ、店内にゾロゾロと男三人が並んで入っていく様子をパートのキクさんが不思議そうに見ている。
店長はトウヤと自分を引き連れ、ドアを開けて店長室に入るとトウヤの腕を解放し、向き直っていた。
「うちの従業員に危害を加えないでください」
毅然とした態度で店長はトウヤに言い放った。
「彼は大事なうちの従業員なんです。何があったかは知りませんが彼に危害を加えるなら許しません」
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