現れた執着ワンコ!!店長を守れ!!
第10話 異常な後輩登場!
自慢じゃないが自分はなんでも覚えるのは得意な方だ。だから一週間も勤めれば、ほとんどの作業は難なくこなせるようになった。
商品の品出し、接客、レジ打ち、荷物の梱包や配達。さらには長年スーパー“太陽”に務めているパートのおしゃべり大好きおばちゃん――キクさんと一緒にお惣菜作り。
そして夜は店長の家の掃除と料理をしたり。毎日、お昼のお弁当を用意したり……。
店長は自分の作ってくれる料理はなんでも「おいしい!」といつも喜んで食べてくれた。それが嬉しくて仕事終わりの料理も全く苦ではなく、どんどん作ってあげたいぐらいだった。
引っ越しのことは、実は不動産の岡田からいい物件を紹介してもらってはいるのだが。店長に「少し資金を貯めさせて欲しい」とお願いして未だに店長の家に居候させてもらっている。
でも資金作りは口実なんだ、本当は店長のそばにいたいからなんだ、これをいつまでも続けていられないことはわかっている……だけどもう少しだけお願いしますと思って。一日一日を自分は幸せと、ちょっとの後ろめたさとで過ごしている。
そんな日常を過ごしながら定休日には店長に教えてもらったあの神社に行ってみたりもした。縁結びの神社として有名な場所だから、やはり参拝しているのは恋人同士が多く、一人で参拝しているとちょっと恐縮してしまいそうになった。
春には大きなお祭りがあるらしい。冬が終わり、春を迎える頃まで過ごせば春祭りを拝むことができるだろう。
そういえば神社の中にある踊りを披露する神楽殿を見ていて、自分はなぜかここに来たことがあるのでは、という気がした。
小さい頃にもしかしたら。日本舞踊を習っていた頃とか、もしかしてこの町に……この神社に来たことがあるんじゃないか。
そう思ってはみたが。小さい頃の自分は日本舞踊の披露があった時などは、母親に連れられ、地方を転々としていたこともあったから。
ここを訪れたかどうか、それは定かではない。
けれどもしかしたら訪れていたのかもしれない。あの広い神楽殿で踊っていたのかもしれない。
その時、店長は見ていてくれたのかな……。
そんな淡い期待もしたが、その頃は同い年である店長だってまだ子供だ。日本舞踊なんて興味があるわけがない。
でも、その時にもし店長と出会えていたら。
縁結びの神社として有名な由来――この神社で出会って一度離れて、また再び出会えたなら結ばれることができるのに……なーんて、めちゃめちゃロマンチックなことを考えてしまい、自分で何考えてるんだ、とツッコミを入れておいた。
ある日、配達を終えた自分は白いバンをスーパーから離れた駐車場に停め、スーパー“太陽”に戻ってきた。
その時、店先にパリッとシワのないスーツを着こなした男が立っていた。男はスーパー“太陽”の入り口をジッと見つめ、何を考えてるのかわからないが下ろした拳を――黒い革手袋をはめた手を握りしめて立っている。
ヒロキは後ろ姿で気づいてしまった。スーツの上からでもわかるスッキリと引き締まった背中、毛先のはねた金髪、しっかり踏ん張った両足は格闘に優れた体格であることを表している。
黒い革手袋を両手にはめているのは男が手を傷つけないようにしているからだ、寒いからじゃない。
自分はこの男をよく知っている。男の存在に気づきたくはなかったが気づかないわけにはいかない。緊張に心臓が大きく動く。
そのままスルーしてやり過ごそうかと思ったが、その男が自分と同じ同業者であることを考えると彼の鋭い嗅覚をごまかすことができないだろう。
恐る恐る男との距離を測りつつ、近づく。
するとお互いに距離はあるのにこちらの気配に気づいたのだろう。男は背を向けたまま、首を傾けた。
「……ヒロキ先輩、見ぃつけた!」
明るい声がした途端、ヒロキは両足に力を入れ、後ろに退いた。なぜなら男が瞬時に間を詰めてこちらに抱きついてこようとしたからだ。
男は自分を捕らえ損ねたことに気づくと「あれ〜?」と言いながら黒手袋をはめた指をニギニギと動かした。今さっきまで背中を向けていた男は既に向きを変え、自分を見据えている。
飄々とした様子からの、あっという間に距離を詰める身のこなしは陸上で鍛えた彼の武器とも言える。
「お仕事を辞めてから二ヶ月ぐらい経つから、ヒロキ先輩の身体能力も少しは衰えていてるかと思ったのに、全然まだまだいけますね? さすが先輩だっ」
男はにっこりと笑い、切れ長の目に自分を捉えている。次こそは自分をその手に捕まえようともう一度、黒手袋の指をニギニギと動かしている。
「ねぇ、ヒロキ先輩……久しぶりに会ったんだからその小さくてかわいい身体の感触、確かめさせてくださいよ。先輩がいなくなっちゃってからオレ、さびしくてさびしくて死んじゃいそうだったんですから」
「トウヤ、なんでここがわかったんだ……他には誰か知っているのか?」
男――トウヤの今にも飛びかかろうという動きに注意しつつ、ヒロキは質問する。トウヤは前職のボディーガードをしていた会社で一緒だった後輩だ。彼がなぜこんなところにいるのか。
そしてこのことを他の誰かが知っているのかと思うと恐怖でしかなかった。
トウヤはそれがわかっているようで、先程からずっとニヤついている。
「先輩、この町に来たこと、誰にも告げずに来たんですよね、先輩のお兄さんとか。あ、でも大丈夫ですよ、先輩のお兄さんは知らないと思います。だってオレが先輩のことを嗅ぎつけたのはSNSの力ですから」
そう言うとトウヤは胸ポケットにしまっていたスマホを取り出し、自身が使っているSNSを開いた。それはみんなの投稿した写真や情報が乗っているもので。トウヤが見せてくれたのは――あの時、商店街に現れた万引きを捕まえたあの写真で。
『小柄でかわいらしいのに、すごく強いヒーロー、商店街を救う!』という内容で投稿が拡散されているものだった。
「オレは先輩と同じで目と鼻が効きますからね。これを見た瞬間に気づいちゃいましたよ、これ先輩だって。大丈夫ですよ、このことはオレはお兄さんには言ってませんから。でもお兄さんだって“プロ”なんですから、すぐに気づいちゃうかもしれませんけどね」
今になってヒロキは自分の行動に後悔した。誰にも居場所を知られずに生活していきたいなら目立つことをしてはいけなかったのだ。ちょっとでも目立てば人を通じ、SNSを通じ、どんな場所からでも情報は簡単に発信されてしまうものだ。
そしてどんな小さな情報だって見る人が見ればわかるし、場所は特定ができる。制限のない拡散される能力は半端ないものなのだ。
だが後悔したってもう遅い。一人はこうして駆けつけてしまったのだから。
「トウヤ、お前はなんでここにいる、何が目的だ」
「嫌だなぁ、先輩、オレはただ先輩に会いたかっただけですよ。だって大好きなんですから。先輩を抱きしめるまでオレは何を言われたって向こうには戻りませんから。先輩にもう会えないと思っただけで気が狂いそうだったし。もしかしたら先輩がオレの知らない場所で恋人とか作っちゃったりしたら……それこそオレ、嫉妬でどうにかなっちゃいそうだった、しね?」
その言葉に、ヒロキは言葉を失った。
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