第9話 あなたを守りたい

 店長が配達の最後に連れてきてくれたのは、この美月町で有名な神社だった。

 名前を大瀬神社という。


「縁結びで有名なんですよ」


 縁結びという単語に、ちょっとドキドキした。車を降りるわけにはいかないので車道に車を止めての、窓から見える限りの景色だったが。朱色の鳥居があり、長い参道があり、その奥には御社殿などがあるようだ。


「この神社、神楽殿がすごく大きいんですよ。春になると大きなお祭りやってて神楽舞とか獅子舞とか。あと日本舞踊を披露したり、すごくにぎやかになるんです。あと縁結びとして有名なのにはちょっといわれがあって。ここの神社で出会った二人は一度離ればなれになるんですけど、また再会できたら結ばれるっていういわれがあるんです」


 車の開けた窓枠に腕を乗せながら店長は詳しく解説をしてくれた。

 それを聞いていたら今度あらためてお参りに来てみたくなった……だって縁結びでもあるわけだし。


「ありがとうございます、忙しいのに色々教えてくれて」


 礼を述べると店長は照れくさそうに「いいんですよ」と笑った。店長に日が当たっているせいか、笑顔によりあたたかさを感じる。


「ヒロキくんだって色々やってくれたから。お弁当だってすごくおいしかったです。すごく、すごくおいしかった」


 感想を強調され、ものすごく恥ずかしくなる。

 けれど店長が喜んでくれたのが伝わってくるから。またやってあげたいと思うくらい、胸が熱くなってくる。


「……また作ってもいいですか?」


 そう提案してみると店長は驚いたようにまばたきをした。そして「本当? やった」と子供のようにガッツポーズをした。


「ふふ、店長って面白いですね」


「あ、す、すみません、つい。だって嬉しいじゃないですかぁ、そんな申し出」


 そんな陽気な姿を見ているだけで胸があたたかくなってくる。思わずほほんでしまう。

 こういうふうに気持ちがあたたかく、穏やかに なるようになったのはこの人に出会ってからだ。

 それまでは感じたことがなかったから……なんて、なんて尊い存在なのだろう。話していてもそばにいてもとても心地が良い太陽のような人――やっぱり僕のやりたいことは、そうみたいだ。


「……店長さん、僕、やりたいことを見つけたかもしれないです」


 ヒロキのつぶやきに店長は「おぉっ、なになに」と明るい声を上げた。

 その笑顔に少し気圧されてしまい、なんて答えたらいいかなと焦った。正直に言ったらきっと引かれてしまいそうだから。


 僕はあなたを守りたいです、なんて。


 あぁ、ダメだ。そんな言葉を言ってしまったら絶対引かれる……もうちょっと言葉を変えるんだ。変な意味にならないように。


「あ、あの、僕は……店長さんのボディーガードがしたいですっ」


 これだ! と思って大して考えもせずに言ってみてしまった。これだったら、いいんじゃないかな?

 でもよくよく考えたら一般人がボディーガードなんて、そんなもの、いらなくないか?


 昨日はたまたまスーパーに万引きが入って仲間が逆上して店長を襲おうとしていたけれど、そんなこと滅多に起こるわけがないし。

 ……じゃ、えっと、別の視点で。


「……あ、あの、ですね……身辺警護の仕事ってボディーガードだけじゃないんです。建物の見張りとか大事な展示物の警護とかもあるんですよ。だからそういう意味でも何かあったら店長を助けられたらって。そう思って……」


 必死に言葉を紡いでいく。店長は困ったように微妙な表情をしていたが次第にまた笑顔を見せてくれた。


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、俺はそんな大した人間じゃないですよ。店だって超大手とか大金保持してる! とかそんなもんじゃないし。ヒロキくんに守ってもらうなんて、もったいないです」


 そう言われてしまい、やっぱり引かれたかなと気持ちが落ち込んだ。あなたのボディガードがしたい、なんて普通なら言われない。口説き文句にもなりゃしない。なんのためにいるのってなってしまうよね。

 でも自分は元ボディーガード。もうこの役目は負うまいと思っていたけれど、この力が役立てるなら、この人のためなら使いたいと思ったから。


 その理由は、僕が店長を好きになってしまっているからだ。

 この胸の高鳴りや喜びはそうに違いない。

 この人のそばに出来る限りいたい。

 いさせてもらいたい。

 そう願ってしまう。

 でもダメかな……。


「ヒロキくん」


 あきらめかけていた時、目の前で火が灯ったかのように店長の言葉にあたたかいものを感じた。


「ヒロキくんって、まだお仕事決まってないんですよね。よかったら……でも本当に大した金額は出せないし、ヒロキくんが前の仕事みたいにキラキラと輝いて仕事できるかなんて全然保証はできないんだけど」


 店長は「言って大丈夫かな」と己の言葉を不安がっているように頬を指でかいた。


「よかったら一緒に仕事しませんか。うちのスーパーでよければなんですけど、結構やることはあるし、充実してると思うんです。それに強いヒロキくんがいたら物騒な連中も来ないと思うし。俺、運動とか、そういう格闘とか全然できないから」


 店長が言ってくれた言葉がじわじわと胸の中を攻めてくる……よかったら一緒に仕事を?


 暑い、嬉しい、あぁ、どうしよう、まさかだ。

 店長が仕事を誘ってくれるなんて。

 そうすれば自分は店長をいつも守ることができる。ボディーガードもできるし、店自体も守れるし、店長のそばにいられる。こんな喜べることがあっていいのか。

 でもその言葉に答えるなら、もちろん――。

 

「し、したいです、店長と」


 そんな言い方をしたあとでヒロキはハッとした。答え方が変だ、これじゃ変な意味になってしまう。自分が考えすぎなだけなんだけど。

 だが店長は全く気にしてないようで「よかった」と言って笑っていた。


「嬉しいです、こんな頼りになるスタッフが増えるなんて。よろしくお願いしますね、ヒロキくん。俺と一緒にやりましょう」


 そんなふうに返してくるものだから、それはそれでまたよからぬ想像をしてしまう自分がいて。でも店長の言葉に他意なんてないから。

 頭の中で「ごめんなさい店長、僕、今頭の中が変なことになっちゃってます」と、全く悪意の感じられない店長を見ながら、心の中で何度も謝っていた。


 店に戻ると、店先では先程蹴りを入れてしまったヒデアキが「よぉ」と片手を上げて待ち構えていた。


「うちの親父がよ、商店街のヒーローの顔を拝みたいから今晩はぜひうちに来てくれだってよ。ヨウもついでに来いよ。どうせ夜は一人メシだろ」


 ヒデアキにバカにされ、店長は「残念だったな、今は一人じゃないんだぞ」と勝ち誇ったように宣言していた。

 その様子に「なんだ、相手ができたのかよ!」とヒデアキに非難され、店内に逃げる店長の姿を見ていたら、にぎやかだなぁと和んでしまった。


(ヒーローだなんてそんな大したもんじゃないよ……でも嬉しい。僕の力が役に立っているなら)


 ヒロキは店内でギャアギャア子供のように騒ぎ、店内にいるパートのおばちゃんに「うるさいですよ店長とヒデくん!」と怒られている二人を見ながらフフッと笑い、そして決意した。


 店長、僕はあなたを守りたいです。

 あなたの笑顔を守り抜いてみせます。

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