第2話 つい手が出た

 この美月町の人はあたたかい人が多いようだ。

 一度家に帰り、スーパー“太陽”でいただいたお惣菜をありがたく食べてから再度外出し、他の店にも寄ったりしてみたが。

 みんな一様に自身の住む町を盛り上げようと明るい接客をする店ばかりで、やっぱり引越してきてよかったと思う。都会で荒んだ心が潤っていくような気がした。


 それでも一番はやはり、あのスーパーの店長の笑顔だと思ってしまうのは一番最初に関わった町人だからだろうか。とても印象に残っていて、あの笑顔を思い出すだけで、いつでも胸がほんわかしてくるのだ。


 夢中になって散策していたらすっかり日も暮れ、再度訪れた商店街は人がまばらになっていた。

 もうお店は終わったかな。帰り道でもあるからスーパーの前を通っていこうとヒロキは思った。

 通りに並ぶ店は片付けを終えたところからシャッターを順々に下ろしていき、昼間とは一転して静かな商店街に変わっていく。等間隔に設置された電線のない街灯が道を照らす様子は、ちょっとだけしんみりする。一日中明るくて人も絶えないにぎやかな都会とはやはり違うのだ。


 歩いていると、やがて目的のスーパーが見えた。すでにシャッターが下ろされ、閉店後だとわかるのだが、ちょっとした違和感があった。

 シャッターの前に五人の男たちがたむろしているのだ。ポケットに手を入れ、ニット帽を被り、ダラッとした服装の若い連中は仕事帰りのサラリーマンではないことはわかる。むしろ昼間捕まえた万引き犯の類のような……嫌な予感がした。


 ヒロキはスマホを見るふりをして歩くスピードを抑え、男たちの動向を探る。男たちはゲラゲラと笑っているがその場を動く様子はない。

 やがてスーパーの建物の横……路地から人が現れた。多分スーパーの裏口があるのだろう。出てきたのは、あたたかそうなダウンジャケットを着たあの店長だった。

 店長は店の前にいた男たちに気づき「なんですか?」と言葉をかける。

 すると男たちは店長を囲むように移動した。


「なんですか、じゃないんだよ。昼間さ、俺らの仲間を警察に渡してくれただろうが。大事な仲間だったんだよなー、どうしてくれるんだよ」


 男が一人、店長に詰め寄る。長身な店長は男たちを見下ろしながら「悪いことをしたのは友達の方なんだ」と毅然とした態度で言った。


「んなことは知らねぇよ。盗んだつったって、たかがお菓子かだろ。んなもんぐらいで人の人生台無しにすんじゃねえよなー」


 身勝手なことを言う男だ。だが店長は臆することなく「悪いことをしたら罪を償うのは当然だ」と言う。

 そんな店長の胸倉を男がつかむ。ダウンジャケットを上に引っ張りながら「ちょっと痛い目みねぇとわかんねえよな」と言って殴りかかろうとしていた。


 ヒロキの足はすぐさま動いていた。瞬時に殴ろうとしていた男に近づき、店長を殴るために振り上げた手首をつかむとグイッとひねり上げた。男が「いててて!」と悲鳴を上げる。


「君はっ」


 店長が驚きの声を上げる。

 店長の前に出たヒロキは空いていた腕を広げ、彼を後ろに隠すようにして男たちを睨み、牽制した。


「てめぇ、なんだよ!」


 仲間がひねり上げられている姿を見て激昂した他の連中が一斉にヒロキに襲いかかってきた。

 ヒロキはつかまえている男の腕はそのままに、蹴りを使って応戦する。飛びかかってくる男の横っ腹を素早く蹴り上げ、一人を地面に沈めた。


「な、なんだよ、こいつ! 小せぇくせに!」


 その隙に別の男も飛びかかってきた。ヒロキは蹴り上げた足を地につけ、後ろ足に重心をかけると今度は回し蹴りを放る。もちろん狙いを外さず、蹴りは男の腹にヒットした。蹴られた男は低い悲鳴を上げ、同じく地に倒れていく。


「いてて、腕! 腕が折れるってぇ!」


 腕をつかまれた男が拘束を解こうと暴れるが、ヒロキはそれを許さず、周りの残った男たちを睨む。


「僕が身体をひねれば簡単に折れるけど、やってみる?」


 それは造作もないことだ。残った仲間を攻撃するために後ろ回し蹴りを放とうとすれば自分は身体をひねるのだ。技を知ってるとかわされやすい攻撃だが素人相手なら、まずそれはない。

 対象者を守るためなら自分の身を挺して相手は容赦なく叩きのめすのが鉄則――ん? 何、言ってるんだ、対象者、じゃないだろ……。


「わ、わかった! わかったよ! だから離してくれよぉっ!」


 男が情けない声で音を上げたので、ヒロキは手を解放してやった。

 男はつかまれた腕を痛そうにかばいながら他の連中に倒れた仲間を運ばせ「くそっ」と悪態をつきながら逃げていった。


 ヒロキは「ふぅ」と息をつく。やる気はなかったのに、つい手が出てしまった。前職のくせだ、こうならないようにしなきゃと思っていたのに。


 しかしどうしても目の前にいるこの人を守りたくなってしまった。自分よりも背が高いけど、戦う力がなさそうなこの人を。

 店長は驚いた表情で言葉なく、自分を見ていた。そんな表情で見られると自分が変なことをしたように思えて居心地が悪くなってくる。


「あ、あの……大丈夫でしたか」


 何か言わなきゃと思い、ヒロキが問いかけると店長は言葉が出ない人形のように首を縦にカクカクと動かした。完全に言葉をなくしてしまったようだ。


「驚かせてすみませんでした……じゃあ僕は失礼しますから」


 いたたまれなくなり、ヒロキが踵を返すと。後ろから「待って!」と慌てた声が聞こえた。

 振り返れば店長は困ったように指で頬をかいていたが。少しすると今の事態にようやく納得できたのか、口角を上げて昼間見せてくれた笑顔を、また見せてくれた――いやそれ以上の笑顔かも。


「あ、ありがとう。本当にありがとうございます! ごめんなさい、ちょっとびっくりしちゃって……あの、すごかったです。すごすぎます。何か格闘技とかやってたんですか?」


「色々やってたんですが……一番得意なのは今みたいなテコンドーです」


 その言葉を聞いた店長は子供のように歓喜した。


「テコンドー! えぇ、すごい! すごいかっこいいです。さっきの蹴りなんて最高に……!」


 かっこいい。その言葉に身体が熱くなってくる。そんなに感動されるなんて思わなかったから。テコンドーを覚えたのも幼少期からで、当たり前のように身に着けていたから。


「あの、本当は今すぐにでもお礼したいんです。お礼にご飯でもご馳走したいくらいなんです。でも俺ちょっと今から用事があって……忙しいと思うんですけど明日も店に来られますか? 朝でも夕方でもいいですから」


「別にお礼なんていいんですよ」


「ダメですよ! それじゃ気が済みませんから。ねっ、お願いします!」


 店長の熱心さに押されてしまい、恥ずかしいような気持ちで「はい」と返事をすると、また嬉しそうな笑顔が返ってきた。またお礼の品でも渡そうとしてくれるのだろう。そんなのいいのに。その笑顔だけで十分なのに。


「ごめんなさい、よければお名前聞いてもいいですか? 俺はヨウって言います。スーパーの名前から取られたみたいで……なかなかダサいですよね。あ、もしかして同い年くらいじゃないかなって思ってるんですけど、俺二十五歳です」


 ヒロキも自分の名前と年齢を打ち明けた。二十五歳の同い年だ。そんな共通点があったなんて嬉しいじゃないか。


 店長とはまた明日に会う約束をして、ヒロキも家路に着いた。帰る道中は足取りも軽くて胸がウキウキして。思わずニヤけてしまっていた。

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