引っ越したけれど家無しに……優しい店長にひろわれて?

第1話 まぶしい笑顔の店長

 訪れたのは田舎だ。とっても田舎だ。冷たい空気がめっちゃ落ち着く、思わず深呼吸をしてしまった。


 ……うん、空気はおいしいような気がする、いや、変わらないかな。

 片側一車線ずつの道路は車が通って排気ガスは出ているし。でも都会に比べたら車も少ないか、うん、やっぱり空気もおいしいや。


 そして見渡してみれば三階建て以上の高い建物は存在しない。あちこちには点々と民家とちょっとした小さな商店らしき建物と、やっているのかやっていないのかわからないスナックらしき看板や飲食店と。ガヤガヤしすぎていない目に入る光景がとても安らぐ。情報が少なくて、まったりしていて。


 それでも駅前にはちょっとした商店街があった。この田舎で一番栄えている場所とも言えるかもしれないこの商店街は多分地元の若い連中が集まる唯一の場所なのだろう。有名なファーストフード店もあり、小さいけれどゲームセンターもある。でも健全そうだから夜九時にはきっと真っ暗だ。


 四角いグレーの敷石をきれいに敷き詰められ、舗装された歩道はシンプルながらに清潔感を感じた。商店街のみんなできれいを保ち、町をよくしようとしている心がわかるようだ。

 そんな道を歩いていると、お惣菜のたまらなくいい匂いが漂ってくる。揚げ物や焼き団子、焼き鳥におせんべい。時期にも左右されるだろうが結構観光客も多いようだ。


 こういうのってすごくたまらない。ビル群に囲まれ、常にガヤガヤしていた今までの職場付近にはなかったものだ。とても落ち着く。なんだかんだあったが引っ越してきてよかったと思う。


 今日からここが自分の住む町だ。ここからが自分の再スタートだ。どこに何があるか、店を覚えておこうと思い立ち、ヒロキは商店街を闊歩した。


 色々な店が立ち並ぶ中にオレンジ色の屋根が目立つ、一軒家二軒分ぐらいの建物が見えた。看板には溢れんばかりの笑顔を見せる太陽のキャラクターの顔が書いてある。店の名前はその名の通り“太陽”だった。


 店のガラスドアは常時開放され、店先には野菜や果物がワゴンに置かれていた。店内を見てみると様々な食品が並ぶ棚が見えることから、どうやらここはスーパーらしい、スーパー“太陽”。


 ここは家から近いし、よくひいきにするスーパーになりそうだ。そう思ったヒロキは店内をのぞいてみるべく中に入る。

 すると「いらっしゃいませー!」という明るい声が響き渡った。


 店内にはオレンジ色のエプロンをつけた男性がいた。先ほどの看板のような、まぶしい笑顔で接客をしている。


「いらっしゃいませ、今日はいちごがお買い得ですよー。お惣菜は作りたてですから、よかったら試食もどうぞー!」


 ハツラツとした声に明るい笑顔。その快活さに「いいな、あの人」という第一印象を抱ける。よく行く馴染みの店するなら、ああいった店員がいた方が気持ちが良いというものだ。


 店内には一般的な食品やお菓子、お弁当や手作りのお惣菜などが並んでいた。手作り感満載のその見た目に、とてもあたたかさを感じる。それともあの店員の明るさのおかげだろうか。それほど広くはない店内、気になって再び青年を目で探してみると、スーパーの馴染みの客であろう中年女性を相手に世間話をして笑っていた。


 しかし、そのそばに。落ち着かない動きを見せる男の姿をヒロキは見た。男は商品の並んだ棚を前にして接客中の青年の方をチラチラと盗み見ている。


(あの男、もしかして)


 自分の前職で研ぎ澄まされた目や耳の能力が発揮される瞬間だった。不審な男は並んだ商品棚と棚の間に入り、商品を手に取り、そして。


(……やった!)


 その男の手元をヒロキは見逃さなかった。男は手に取った商品を上着のポケットに突っ込み、またチラッと店員の方も見る。店員が気づいていないと見るや、また別の商品をポケットに入れた。


 これは確実だ。ヒロキは自分も怪しまれないよう、商品を見るふりをしながら男の動向を見守る。

 男は何食わぬ顔で店の入り口の方へ行き、店の外へと――出た。


(逃さないっ!)


 男が店外へ出たと同時に走り出したヒロキは、瞬間移動のように男のそばに寄り、その手を捕まえた。


「すみません、やりましたよね」


「な、なんだよ! 俺が何したって言うんだよ」


「しらばっくれたってムダだ。僕は見てたんだから」


 男は「知らねぇよ!」と騒ぎながら、ヒロキの手をはがそうとする。

 だがいくら引っ張ろうとも自分の捕縛からは逃れられるわけがない、こういう時のために身体を鍛えていたんだから。

 そうこうしているうちに騒ぎを聞きつけた先ほどの店員が「どうしたんですか」と、こちらに走ってきた。


「この人、万引きしました、警察呼んでください。それまで僕が押さえておきますから大丈夫ですよ」


 青年は自分と捕まえた男の顔を交互に見比べると慌てて店内に入り、すぐにまた戻ってきた。

 するとものの数分で警察官が現れ、男を捕らえてくれた。さすが田舎だ、交番がすぐ近くにあったのだろう。


 男は警察官に調べられ、被害にあったのは数百円のお菓子二つだけだとわかった。

 だがこれでも店にとっては損害だ。あの笑顔で頑張って商売しているのに、こういう卑劣な行為は当然許されない。


「ありがとうございます、助かりました! すごいですね、万引き犯を捕まえちゃうなんて」


 万引き犯も警察官に連れていかれ、落ち着いたところで。笑顔の素敵な店員は再び素敵な笑顔で語りかけてきた。


「見かけないお顔ですけど、失礼ですが観光の方ですか?」


「いいえ、実は今日引っ越してきたばかりなんです」


「えっ、そうなんですか! じゃあ家が近いんですかね。あなたみたいなたくましい人が身近にいてくれるなんて安心できます、嬉しいですっ。俺はここの店長してます。よければいつでも来てください。たまにサービスしちゃいますよ――あ、よければこれ、持っていってください。店のおばちゃんが作ったお惣菜、すごくうまいんですよー」


 そう言って青年――スーパー“太陽”の店長は白いビニール袋を手渡してくれた。中にはプラスチックの使い捨て容器に入ったお惣菜が三パックもある。嬉しい引越し祝いだ。


「ありがとうございます」


「いえいえ、こちらこそ! それぐらいじゃ足りないから、また来てくださいね、ホントに」


 営業スマイルなんだろうけれど店長の笑顔に胸があたたかくなる。いいな、と思ってしまう。

 店長は軽く会釈すると「すみません、急ぎの仕事があるので戻りますね、また来てください!」と店内に戻っていった。


 ここの店は良いひいきにしよう。そう思いながらスーパーを後にし、ヒロキは再び商店街を散策することにした。


 だがその数時間後、日も落ちた時間帯でまたスーパー“太陽”の前を通り過ぎようとした時、事件が起きたのだった。

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