言えないこと

 昔から男には困らない人生を送ってきた。自分で言うのもなんだが見た目も良く家事や対話、夜の技術までほぼ一通り人並み以上にできる。いつでも私は「選ぶ」側だった。三高はもちろんのこと、好みから一つでも外れているようであれば雑誌の表紙を飾るような男性であっても振ってきた。遊びで終わらせて貢がせるだけで食べていける。しかしアイドルを目指すには自分の体は汚れすぎている。一度叩かれれば稼げなくなる仕事よりは現状の方が自分に向いていた。

 経験人数が三桁を超えて三か月が経過したころ、人生で最後の彼氏ができた。ネットで知り合ったので本名と顔がカスタムされているという点さえ除けば特筆するところも無い二つ上の男。フツウの彼氏だったのだが自分の歳からして結婚はしておこう。友人と呼べる人は片手で数えられる程しかいない私が同級生の幸せそうな結婚を意識したのか数年ぶりに胸が高鳴っていた。

 彼が幸せにしてくれる、と疑わなかった私は会話の断片から読み取れた彼の理想を演じることのできるよう努力をした。会社の面接を受け、趣味を穏やかなものに変えて、疑われてもバレないように過去に肉体的な関係のあった人の連絡先を全て消した。残ったのは身内と彼氏と死んだ弟と仲の良いキャバ嬢だけとなった。経験人数の量が自信となり、彼の愛を疑う事は無かった。近いうちに会う約束をしたが会うまでなら、と彼に教えていないアカウントを使用してよく新たな男とお互い体目的で会っていた。抱かれていてもどこか心の片隅では彼の事を考えていた。


 ある時から彼は別人のように私に接するようになった。この間もつい一週間前に通話しようと連絡をした時は男友達とのゲームを優先していた人が突然声が聞きたくなったからと電話をかけてきた。記憶が曖昧だが声も低くなっていたような気がする。

 違和感こそあったものの彼に抱かれる妄想をしながらの行為のせいで脳がおかしくなったのだと思ってそれきりだった。以前よりも会話が増え、彼も新しいことに挑戦しているようだった。そしてついに直接会おうと声がかかった。もうその頃には裏アカも無く、会話と断片的な彼自身だけなのにすっかり惚れていた。会う場所を聞くと彼はこう言った。


「僕らの原点とも言える場所さ。デートついでに僕の親友とも話して欲しいと思ってね、でもきっと彼も喜ぶよ」


いったい彼はどんな顔をして命乞いをするのだろう、そう考えるとまた体が疼いた。

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