第5話

 一人で勝手に納得をするな教えろと、リュミエルに文句を言いながら後を追えば、道すがら説明やら何やらを済ませていく。

 手際の良さはまるで目の前で魔法を使われているようだ。けれども彼はそういったものを使うことなく、当然のように自らの腕だけで始末をつけていく。

 それこそ、伯爵一家の元へと戻る時には準備はすっかり終えてしまってからだった。


 客人たちは皆客室で待機させ、ここにいるのは伯爵一家とその身近な関係者だけ。

「犯人が分かったそうだな、それに竜珠ドラゴンオーブ在処ありかも。」

「ええ、勿論です。一先ず、竜珠ドラゴンオーブの方からお返ししましょう。」

 そういって取り出したのは、まさしく此度こたび行方不明となっていた竜珠ドラゴンオーブのネックレス。伯爵夫妻からは歓声があがる。子息の方は驚きながらもなお、疑心に満ちた目でリュミエルを見た。


「ふん、貴様がどこかへと隠しておいたのをさぞやと謂わんばかりに取り出してきたのではないか?」

「いやいやまさか。いくら俺でも中庭から厨房に隠しに行ってそこから戻るような無茶は出来ませんよ。」

「厨房!?」

 夫妻の驚いた声が重なる。

 それから、二人の視線は知らず鋭くなる。あの時間帯、厨房に出入りしていた者など限られるからだ。背後に立っていた男が、ぎゅっと握りこぶしを作った。


 けれども二人の怒気にてんで気が付かない顔をして、少年は柔らかい笑みを浮かべた。

「ええ、厨房に。ご夫妻ともうちの執事長と女中には感謝してくださいね。お陰でこの数年間、かの竜珠ドラゴンオーブの輝きは色褪せていなかったのですから。」

 背後に立っていた男──執事長がばっと顔をあげる。困惑した顔になった夫妻に対して、全てを明らかにした少年は微笑みを浮かべる。


「さて、一度ここで竜珠ドラゴンオーブや魔獣についての特性をおさらいしておきましょうか。竜の魔力を貯めた結果形成されるのが竜珠ドラゴンオーブです。つまり魔力の塊ですが、逆に言えば魔力がなければ形を成せないものです。」

 何かに気が付いたように、あっと小さく伯爵から息が漏れた。そう、十年もの間この家で管理されていた宝玉。当然その輝きを維持するには、手入れが必要不可欠である。

 輝きが維持されていることすら魔の石の奇跡だと思ったのかもしれないが、なんてことはない。ただ彼らが身近なものの献身を知らなかっただけだった。


 悲しみに満ちた顔で伯爵が立ち上がり、傍らにいた執事へと悲痛な顔をして詰め寄った。

「だったら言ってくれれば良かったのに……それなら私達だって……っ!」

「いえ……このようなことを伯爵様方のお耳に入れようだなどと……。」

「まあ無理もありませんよ。」

 けれども変わらずに朗らかな声が、その間に割り入った。



「だってほら、さすがに家の家宝をビーフシチューと一緒に煮込んだとは言えないでしょうし。」

「びーふしちゅー」



 パタ パタ パタ

 きっかり三回分のミツドリの羽ばたきが聞こえた気がした。


「出てたでしょう、ビーフシチュー。今日のメニューに。

 獣の肉と火の熱と、実はあれって意外と火属性の竜種が竜珠ドラゴンオーブを形成する環境に似てるんですよ。竜珠ドラゴンオーブそのものが、獲物とともに仔竜の餌にするために生み出すものとすら言われていますし。」

 ちなみにメッドは初耳だった。初耳ではあったが、この真実を知らされる伯爵一家の心情ははかりきれないと多少なりとも同情した。


「だから毎年もっとも火の力が弱まる冬の、この聖夜祭を活用して竜珠ドラゴンオーブを活性化させるべく、幻惑魔法か何かを活用してこっそり宝物室から失敬して返すようにしていたわけだ。……その流れに、今回はイレギュラーが起きたわけだけれど。」

翼蜥蜴ワイバーンの件ですね。」

 執事の言葉に肯定するように少年は頷きを返す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る