第32話 家業についてもっと考える
しかし!
「いや、ちょっと待って!」
「じゃあ、
「いいやぁ」
会話がとぎれるのはわかっているので、その時間に愛里は思い出してみる。
そうだ。
諫武こそ、お茶の味がわかるわからない、どころではない。
お茶とほかの飲み物で選べるときには、いつもほかの飲み物のほうを飲んでいた。
それに、関心がないのはお茶だけではない。
料理にもまったく関心がない。
まだ、姉が遅く帰ってきたら、そばを茹でよう、と思いつく芳愛以上に、諫武はご飯を作ることに無関心だ。
おなかがすいて、だれもご飯を作ってくれる人がいなければ、カップラーメンだけ食べてそれですませてしまうタイプだと思う。
お母さんがいつもご飯を作ってくれるので、そんなことはいままで一度もなかったと思うけど。
それと、いまは、せいぜい、妹がベーコンエッグとか目玉焼きとかハムエッグとかを作ってトーストを焼いてくれる。それぐらいだろう。
だから、愛里は言う。
「それこそ、跡継ぎとして、ダメじゃん!」
「そんなこと言ったらさあ」
と、芳愛は、芳愛には珍しいほど短時間で反応した。
まあ、ちょうどみかんを食べるあいまだっただからだろうけど。
「お父さんだって、お茶の味はわからないよ」
芳愛には珍しく冷厳に事実を指摘する。
うーむ……。
言い返そうとしたけど。
そのとおりだ。
そう。
お店でお客さんの相手をするのはお母さんだ。
売っているお茶っ葉について説明するのも、お茶の入れ方をアドバイスするのも、その
ほかに店員さんが一人いる。
でも、たぶんパートさんという扱いで、店には昼過ぎから夕方までしかいない。近所のお茶のお師匠さんに紹介してもらったおばさんで、お茶を習っているという。市議会議員の奥さんという、ステイタスの高いひとだけど、とても気さくでだれとでも話す。
お茶を習っているから、お茶道具のこととかには詳しいし、お茶の作法とかも知っている。
けれど、お茶そのものについて知っているかというと、そうでもない。とくに、お茶の種類というと「お抹茶とそれ以外」という感覚で、「それ以外」についてはまったく興味がない。
だから、知らない。
抹茶はお茶の木の葉っぱで、ほうじ茶もお茶の木の葉っぱで、麦茶は違うということを愛里が言ったら、感心してくれたくらいに知らない。
あとアルバイトさんがいまは二人いるはずだけど、その二人もお茶の味のことはわからない。
お父さんは、ふだんは店には出ないで、経理とか会計とか本家とのやり取りとか、そういう仕事をしている。
そこまで考えて。
愛里は、ああ、そうかと思った。
お父さんにとって、お茶屋さんの仕事とは、その経理とか会計とか本家とのやり取りとかなのだ。だから、諫武が経済学部に行くと言ったとき、経理や会計について勉強して「お茶屋さんの仕事」を継いでくれるつもりだ、と思ってしまったのだろう。
お母さんにとっては、お茶屋さんの仕事は、お店で売っているお茶を、買いたいひとのところにきちんと届けること。
求めているのとは違うものを届けないようにすること。
できれば、買いたいひとが求めているものの「もうひとつ上」を教えて、買ってもらうこと。
そして、春本茶舗からお茶を買うことで、そのひとの「お茶をめぐる生活」が少しでもよいものに、豊かなものになれば、と思っている。
だから、お母さんにとっては、愛里にやる気があっても、お茶の味がわからなければ、跡継ぎとしては不安だ。
お父さんにとっては、経済学を勉強するということがお茶屋さんの主人の跡継ぎになるための勉強。だから諫武がやる気になってくれたと思いこんだ。
そういうことなのだ。
それをわかったうえで、お父さんとお母さんともういちど話さなければいけないな、と愛里は思った。
それに、もう、お茶を飲めば目が覚めればよく、苦くて渋いお茶が大好き、という自分の感じかたそのままでは、お母さんの跡を継ぐことはできない、とも思った。
もっとお茶のことを知って、わかるようにならなければ。
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