第31話 あらためて家業について考える
たしかに、それは
「それを聞いたお父さんがさ、ますます、じゃあ、やっぱり跡取りはお兄ちゃんだ、って言ってさ」
お茶を作っている大きい一族のなかで、そのお茶を売っている一家。
その一家に生まれて、その仕事を継ごうとしているのに、お茶の味がわからない。
いや。
わかろうとして来なかった。
べつに。
それで普通だと思って来た。
高校のときの友だちを思い出してみる。
歯科医の子、ガス屋さんの子、カレー屋さんの子、鉄道会社に勤めているひとの子と、いろいろいた。
鉄道会社のひとの子はたしかに「鉄」だった。でも、ほかの子は、親の仕事にそんなに関心があるわけではなかった。ガス屋さんの子は、「プロパン」というのはガスの種類だということも知らなかった。ガスを入れている入れ物、つまりボンベをプロパンというのだと思っていて、化学の先生にたしなめられていた。カレー屋さんの子は時間があればファッションサイトを見ているような子で、家で服を洗って干すとカレーのにおいがついてしまうからいやだ、と言っていた。歯医者さんの子は、虫歯が見つかって歯医者さんに行くように言われて顔をゆがめて涙をぽろっと落としていた。
だから、親の仕事がわかっていなければいけないということはない。
親の仕事が好きでなければ、ということもない。
愛里はずっとその感覚でいた。
でも、お店を継ぐとなると、それではいけないのだろう。
いまの世のなか、コンビニでも自動販売機でも、街のいたるところでお茶飲料は売っている。五分も歩けば、どこかでお茶は手に入る。
まあ、それは東京の話で。
そのコンビニや自販機のお茶は、けっこう味がいい。
けっこう味のいい出来合いのお茶が手軽に手に入る。
愛里は、東京では自分でお茶を入れているけれど、それは、大家さんがおそば屋さんなので、お茶っ葉をただで大量に分けてもらえるからだ。
それと、自分で入れないと、あの超濃くて苦くて目の覚めるお茶が入れられないから。
でも、それは愛里の好み、愛里の特殊な事情だ。
街のお茶屋さんは、そのコンビニや自販機のお茶と競争してお茶を売っていかなければいけないのだ。
だから、お茶屋さんを経営するのなら、
「この茶葉だと何度くらいのお湯でどれぐらい蒸らして……すればおいしく召し上がれますよ」
とか、お客さんにすらすらと説明できないといけない。
いや。
「お湯の温度なんかわからないんだけど?」
ときかれたときに、ポットのどういう状態で、また、やかんで沸かしてどういう状態で、だいたい何度くらい、ということから、アドバイスできないといけない。
「味の説明は店員に聞いてください」
じゃ、たぶんダメだろう。だいたい愛里の家の店はそんなにたくさん店員を雇える規模の店ではない。
できるか?
愛里にはできない。
少なくとも、いまの愛里にはできない。
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