第24話 名探偵爆誕(笑)

 松郎まつろうはそんな子だから子分がいる。たぶん親のネームバリューも使って子分を集めたのだろう。

 中学校の二年生のとき、愛里えりはその子分とケンカをしてしまったことがある。

 それから愛里いじめが始まった。

 だれかの持ち物がなくなり、それが愛里の鞄から出て来る、ということが相次いだ。松郎は同級生や下級生たちに愛里を「どろぼう」と呼ぶように命令した。「どろぼう」と呼ぶのがいやな同級生たちは愛里と口をきかなくなってしまった。

 放課後に呼び出されて、松郎とその子分たちに囲まれ、「罰」とか「トレーニング」とか言って、両手にダンベルを握ったまま走るように命令されたこともある。手を横に伸ばしてさおを持たされ、平均台の上を歩かされたこともある。ふらついたり、ダンベルを落としたり、棹を落としたり、平均台から落ちたり、走ったり歩いたりするのが遅かったりすると、子分たちが笑い、殴り、足をすくって倒し、倒れて起きられないと靴の爪先で体をいじり回して、また笑った。

 そのなかでも、助走して愛里の胸に跳び蹴りを食わせたのは一人だけだったけど。

 それが、いま芳愛よしえの話に出て来た、妹の美治子みちこだ。

 そのころこの美治子は小学生だったはずだ。近所のお姉さんがいじめられていると知って、いじめに参加したくて中学校まで出て来たらしい。

 そのとき、美治子が

「なにこのペチャ胸!」

と言ったのもよく覚えている。

 まあ。

 事実だけど。

 いまでも事実、なのは、どうでもいい!

 その尾谷おだにきょうだいのいじめを先生たちに訴えても、先生たちもそのお母さんの尾谷ゆかりにしつこく文句を言われるのがいやなので、きちんと相手をしてくれない。

 しかし愛里は自力でその愛里いじめをやめさせることに成功した。

 ある日、教室で生徒の持ち物がなくなって、愛里の机から出て来た。それは愛里のせいにされた。ところが、その盗まれた時間から愛里の机が探された時間まで愛里は教室にいなかった。つまり愛里のアリバイが完全に成立していたのだ。それを愛里は論理立てて証明した。また、その子分どもが盗みをやるのはみんなが体育に行くときの確率が高いことに気づいて、体育に行ったふりをして隠れていて、盗みの現場を写真に撮った。

 愛里はその写真をプリントして尾谷松郎のところに行った。ついでに、その前の事件でアリバイが成立していることを立証した。子分が集まってきて、ニセ写真だとか、学校で授業時間中にスマホを使ったとか言って愛里を黙らせようとしたが、そのアリバイ崩しはだれにもできなかった。それで、愛里が松郎に

「尾谷さん、わたしの罰はどうなりますか?」

と言うと、尾谷松郎は

「こんどまた来い」

と言っただけで、そのまま黙ってしまった。

 それで愛里いじめは終わった。

 最初は、これは時間をかけて念を入れて愛里をおとしいれる計略を進めているのだろうと思って、警戒していた。

 でも、そんな気配はまったくなかった。

 どうも、これ以上続ければ、愛里からもっと決定的な証拠写真が出る、とかいう噂がその子分たちのあいだに拡がったのが原因らしい。

 その後、この松郎の子分たちがだれかに対していじめをやろうとすると、愛里はいじめられる子の味方をすることにした。いじめの手口を予測していじめを不発に終わらせたこともある。

 そうすると、松郎とその子分集団は、愛里が何もしなくても、やっぱり愛里が何か証拠を握っているのではないかなどと気を回すようになったようだ。

 あのころ、松郎の子分たちがすれ違いざまに愛里に

「よっ! 名探偵!」

などと声をかける、ということがあった。なぜそう言われるのか、愛里はよくわかっていなかったが。

 いじめのために策をめぐらせても、いじめを隠していても、愛里には解き明かされてしまう、と恐れていたのかも知れない。

 名探偵も何も、松郎と子分どものやり口が単純すぎるだけのことなのだけど。

 実情はどうあれ、この一味は愛里の推理能力を恐れたのだ。

 その効果があって、松郎が中学校を卒業するころには、松郎は一学年下の愛里に対して愛想笑いするほど友好的になっていた。

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