第22話 お困りガールとお困りペアレント
「なんで?」
でも、きいたのは、それだけだった。
妹がさらに口をとがらせる。
口をとがらせた表情を姉にしばらく見せてから、妹は言った。
「裏の
「ああ!」
一瞬で理解した。
ご近所のお困りガールだ。
まあ、見たところは、かわいいと言えばかわいいのだけど。
ぷくーっとふくれたような、不満そうな顔が地顔で、いつも不満をいだいて歩いているようなそのふくれぐあいがかわいい。背もあまり高くなくて、太ってもいないが痩せてもいない。非ぽっちゃりを0として、ぽっちゃり度1から5の五段階評価するとしたら、ぽっちゃり度2くらい。
原則的には。
しかし、
それほどのお困りガール。
妹が説明する。
「それで、いきなり、『桜の園』で、もう決まってたアーニャの役を、自分のほうがうまくできる、とか言って、自分がやる、それがみんなのためだ、とか、好き勝手言い放題」
「ま」
今度は姉のほうが反応に困る。
「やりそうだね、そういうこと」
『桜の園』というのは、そういう劇があったな、というくらいはわかるのだが、そのアーニャというのがどういう役なのかわからない。
たぶん、目立つ役で、たぶん女の子の役なのだろうけど。
「もう、裏方も一度もやってないのに、だよ」
妹は、落ち込んでいる、という様子ではない。いまはことばにも顔の表情にも怒りがこもっている。
「「知ってる? わたし、子どものころから演技の練習して来たんだから」とか言ってさ。部長の
そこまで行くか、と思う。
日暮先生は国語の先生だ。いつも青いスーツに青いネクタイというスマートな先生なんだけど、打たれ弱いイメージはある。
愛里は、みかんを食べるのを中止して、両手を後ろについて天井を見上げる。
「あそこの親、このへんの最有名人だからなぁ」
きっと、その日暮先生は、その親の圧力に負けたのだろう。
「だからって」
と、芳愛は言う。
「そんなむちゃやっていいわけないよ」
姉も異議はない。
「そりゃそうだ」
「でさ」
妹は、くすっと笑う。
「美治子が、ふんぞり返って、というか、まっすぐに立って」
この
愛里の知っている二年前でそうなのだから、いまはその偉そうさに磨きがかかっていることだろう。
で?
「「わたしに不満があるんだったら、辞めれば?」って言ったら、劇団、半分以上が辞めて、そしたら美治子、ぐにゅぐにゅぐにゅって泣いちゃって」
その「ぐにゅぐにゅぐにゅ」という形容も真に迫っている。
偉そうなくせに、泣きそうになってから泣くまでの時間が短いのだ。
「それで、裏のお母さんが学校来てさ」
ああ、あのお母さんね。
ご近所の最有名人。
そしてご近所のお困りお母さん。
モンスターペアレント。
娘が「ぐにゅぐにゅぐにゅ」となった以上、当然のように、このひとの出番になる。
「校長先生に文句言って、日暮先生が、わかりました、辞めた部員はしかたないですが、新しい演劇部員を募集します、って約束したんだけど、もう、噂、拡がってるからさ、ほとんどだれも入らなくて」
「それで、芳愛も辞めたんだ」
「うん」
とても当然のようにうなずく。
また、それが当然だと思う。
「それで、バトン部、入ったんだ?」
「うんっ!」
とても幸せそうな顔に戻って、妹はうなずいた。
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