第19話 「最後の日」に妹は…

 そこで、みかんをむきながら、妹に聞く。

 一つめの質問項目だ。

 「で、どうして芳愛よしえが家にいるの?」

 こう言っただけだと、また幽霊がどうこうという問答になってしまうかも知れないので、つけ加える。

 「芳愛、いっしょに本家に行くって話じゃなかったっけ?」

 この妹が家にいなければ、大晦日おおみそかの年越しの時間に水着を着ていても、だれも気づく者はいなかったはずだ。

 妹がいたために、二人で並んで、二人だけの年越し水着撮影会、みたいな、よくわからない事態に発展したのだ。

 もっとも、妹がいたから、たんすが一階の納戸なんどに移されていることもわかって、いまこの服を着ていられるのだけど。

 そういえば、パジャマとかスウェットとかもあそこにあるのだろうから、あとで探さないといけないのだな。

 ……妹の返事がないのは、妹がいちはやくみかんの最初のひと袋を食べているからだ。

 ところで、果実にはいろいろな種類がある。みかんの実って、そのなかのどれに入るのだろう?

 やっぱり「蒴果さくか」かな? それとも違う?

 一月には試験もあるし、こういうのはちゃんとわかってないといけないんだよなぁ。

 ……姉がこれだけ考える時間、芳愛はみかんを味わっていた。味わってから

「うん。あまかプラザで大晦日イベントがあってさ。それに出るため」

と、とても当然のように回答を送ってくる。

 あまかプラザは駅前の「商業複合施設」というものだが。

 妹がイベントに出る、って、何だろう?

 そこで姉は

「はい?」

と問い返すことになる。

 自分のみかんを食べる前に、質問内容を明確にしておく。

 「芳愛が出るようなイベントって、あった?」

 「出る」というからには、福引きの賞品がほしくて、という話ではないだろう。

 まさかと思うが。

 のど自慢でアイドルのものまねとか、そんなんじゃないだろうな?

 「だからさ」

 芳愛はとても普通に答える。

 「三一日があまかプラザの最後の日だからさ」

 最後の日と言われて、一瞬、あまかプラザが廃業するのか、と愛里えりは思ってしまった。

 でも、そうではないだろう。

 駅前で長距離バスを降りて、あまかプラザの前も通って帰って来たけど、「×年間ありがとうございました」という垂れ幕なんか出ていなかった。

 「年内最後の営業日」ということだろう。

 人騒がせな表現をする妹だ。

 それはいいとして。

 ……その先の説明がない。

 そこで姉はきく。

 「一年最後の営業日にイベントがある、っていうのは、わかるよ」

 いまひとつ、よくわからないのだが、それはいいとして。

 「それにどうして芳愛が出るの?」

 そろそろ「むう!」というむくれた答えが返ってくるのだろうな、と姉は予想する。

 違った。

 妹は無言で勉強机のほうを向く。

 みかんに続いて何か食べるものを出すつもりかと思ったが。

 妹が引っぱり出してきたのは学校用のタブレットだった。

 それを嬉々ききとして指で操作しているのだが。

 タブレットにみかんの汁がつくよ!

 ……言わないけど……。

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