第18話 苦言とはこういうもの

 単純すぎる妹は、そばを食べてしまうと

「じゃあ、みかんね」

と言って、自分の勉強机からみかんの入ったかごを出してきた。

 この子……。

 ……みかんを自分の勉強机に常備してるな?

 ということは、勉強しながらみかんを食べたりしているのだろう。

 教科書にべっとりみかんの汁がついているとか。

 さらには、宿題を書いたノートにみかんの汁が飛んだあとが散らばっているとか!

 あぶり出しとか、そういうのじゃないんだからさ。

 みかんの前にお茶だろうと思ったが、お湯を沸かして、お茶っ葉を出して、お茶を入れて、という手順がめんどうくさいので、妹のやり方に従うことにした。

 お茶農家の分家、お茶屋さんを経営している家、そして、愛里えりはその跡継ぎなので、「お茶を入れる」ということにいろいろ気をつかわなければならない。

 ところが、愛里は、この「お茶を入れる」というのがとても苦手なのだ。

 愛里にとって、お茶というのは、ただ眠くならないため、眠いときに寝てしまわないために飲む飲み物だ。

 味がわからないとは言わない。

 煎茶せんちゃとほうじ茶の区別ぐらいはつく。煎茶の高級茶葉とそうでない茶葉の区別もなんとなくはわかる。

 では、煎茶と番茶ばんちゃは?

 はい。

 わかりません。

 ぜんぜんわからないということはないけど、まちがえることも多い。

 高級煎茶と非高級煎茶の違いはわかっても、非高級煎茶と番茶はわからないことが多いのだ。

 しかも、「眠くならないために飲む飲み物」と思っているので、愛里が入れるお茶はやたらと濃い。当然ながら苦くて、そして、渋い。

 愛里が入れたお茶をお母さんが口に入れて、瞬時に顔をしかめ

「よくこんなの人に出すね」

と言われたことは何度もある。それで

「自分で飲んでみなさい」

と言われて飲んでみると、それが愛里にとっては普通なので

「うん、いいじゃない」

と正直に答える。お母さんはさらに顔をしかめて

「あんた、どういう舌してるの?」

と言う。こういうのを「苦言くげん」という、ということがよくわかって、たいへん勉強になる。

 いまは芳愛よしえと二人だけだ。

 だから、お母さんの言うことは気にしなくていいかというと……。

 この妹ならば、言うに違いない。

 「お姉ちゃん、よくこんなのを芳愛に出すね」

と。

 妹がそう言うなら、それもまたきゅんとしていいのだろうけど。

 いまは、妹のみかん提案に乗ることにした。

 妹にはいま聞いておきたいことがある。

 それも、二つも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る