第16話 再びきゅんとする姉
で。
本家のそういうのに対して反発したのか、独自色を出したいのか、お母さんが作るここの松野家の正月料理はだいたい細切りとか
つまり。
どんな素材もそういう切りかたはできるので、野菜室の野菜のどれが正月料理用かわからない。
……というか!
明日の朝ご飯と昼ご飯、どうすればいいんだ?
愛里は何も聞いていない。
じつは
伝言されてても忘れてそうだな、あの妹。
ぼんやりさんだから。
いや、いまは、このそばのつけ汁に使えそうな素材を探しているのだった。
野菜のほかに手つかずの鶏肉と手つかずの牛肉もお正月料理に使うのだろう。
けっきょく、使ってよさそうなのは、野菜室ではなく冷蔵庫の本体にとても無造作にラップをかけて保存してあったタマネギ半分と、パックに四分の一くらい残った豚ミンチだけだ。
ネギがないなら、タマネギを薬味にする?
いや。
そんなのは聞いたことがない。
たしかに「涙が出る」というほどつんとするけど、ネギのような薬味にはならない。
でも、と、独り暮らし
めんつゆに薬味とか考えるから、タマネギを薬味にする、とかいう考えになるわけで。
タマネギを切って、料理酒を入れて、豚ミンチと煮て、それで、薄めたそばつゆにまた料理酒を入れて温かいつけ汁を作る。
それにそばを浸して食べることにすればいいじゃない?
そういうのを「豚ミンチせいろ」というのかというと……言わないと思うけど。
それで、まずタマネギを切る。薄く半円形になるように切った。みじん切りにはしなかった。フライパンに油を引いて、そのタマネギを豚ミンチと軽く炒める。
炒めるあいだに料理酒を加え、そのあとめんつゆを入れてさらに料理酒を入れる。そのままスープとして飲むとすれば味が濃いけれど、つけ汁としてならばこれくらいでいいか。
台所は寒いと言って妹を部屋に帰らせたのだが、そうやって料理をしていると体が温まってきた。豚ミンチの煮える香り、タマネギが煮える香りに、温かいつけ汁の香りが合わさって、体が温かくなってくる。
これぐらいでいいだろうと、芳愛が出していた乾麺の袋の封を切り、煮立っていた大量のお湯のなかに入れる。
入れ過ぎたかな、と思うけど、すぐに、まあ、いいか、と思った。
ぐわっ、と白い泡が立つ。その勢いに負けないように、長い菜箸で鍋のなかのそばを動かし続ける。
そばが柔らかくなる前に、金属の大きいボウルに水を入れ、冷凍庫から氷を出してそこに浮かべた。これでそばをしめるつもりだ。もちろん、その作業にかかりきりになるとお湯のなかでそばがくっついたりするので、ときどき鍋に戻ってそばを動かす。
そろそろそばがいいぐあいに
「ねえ、おねえちゃん、まだぁ?」
と妹が不服そうな声を上げる。
姉に、さっきの「きゅん」の感覚がよみがえる。
「もうちょっとだよ」
と答えると、また、あの独り言っぽいのを言う。
「だったらわたしが作ってたほうが早かったじゃん」
そういう問題じゃないんだけどな、と思いつつ。
でも、やっぱり、きゅん、とする。
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