第15話 正月料理に関する松野家の事情

 妹は乾麺の袋を置いて行った。

 めんつゆは冷蔵庫に入っていた。

 栄養学科にいるうえに、東京でいま住んでいる部屋の大家さんがおそば屋さんなので、愛里えりはそばのつけ汁の作りかたはいちおう知っている。

 「かえし」というのを作り、それを、かつお節やほかの材料で取っただしと合わせる。「かえし」の作りかた、出汁の取りかた、その調合など、いろいろと奥が深い、ということは知っていた。その大家さんの家でそば打ちも体験させてもらった。

 でも、そんな本格的なことをやっている時間はもちろんない。自分と芳愛よしえで食べるのに、そんな本格的なものを作るつもりもない。

 冷蔵庫に入っているめんつゆで十分だ。

 で。

 ネギは?

 あと、大根おろしとか入れる?

 もういちど、冷蔵庫を開けてみる。

 ネギはない。

 野菜類はとかとかいろいろある。そのなかに大根もあるのだけど、この家のお正月料理のために使うかも知れないので、いまは使えない。

 毎年は、みんなで本家に行って、三〇日くらいから本家でやっているお正月料理作りに参加する。

 参加する、ということは、本家や、二兄にあにの家やとちの家を含めて本家の近くに住む分家は、もっと早くから料理作りをやっているということだ。いつから始めているのかは知らない。干し柿作りは橡の担当だから、そこを始まりとすると、もう秋からやっていることになる。

 毎年だと、愛里の属する春髪はるかみの松野家は、本家から二日に帰ってきて、三日のぶんと四日の朝までのぶんだけ正月料理を作る。

 四日の朝まで正月料理というのもへんだけど、それは天鹿あまかでお父さんが経営しているお茶屋さんが開く初日だからだ。

 お父さんとお母さんは、お正月料理で初日をお祝いしてからその店に出陣する。

 ……ではなくて、出勤する。

 ま、個人商店だから、似たようなものだけど。

 ところが、今年は、愛里えりがこの時期に帰って来るから、というので、一日ついたち中にみんな帰って来る。つまり、一日の夕方から正月料理が必要になるわけで、それをどうするのかが愛里にはわからない。

 つまり、冷蔵庫にある野菜のうち、どれを素材にして正月料理を作るのかがわからない。

 本家でお雑煮を作るときには、京大根という細い大根を使う。お雑煮に入れない大根は、大きいままやっぱり輪切りにして煮る。

 その本家のやり方を、お母さんは「まるまる主義」だと言っていた。

 「まるまる主義」とは、なんとか主義と言いたいのだけど言いにくいので伏せ字にする「○○主義」ではない。

 お雑煮に限らず、お正月料理の品は、丸くできるものはできるだけ丸くする。

 球にできるものは球にする。球にできない野菜とかは輪切りにして丸くする。

 それは、繊維の方向を考えて野菜の繊維を短く分断しないように、とかいう「栄養学科的に考えた利点」を求めてのことではない。

 「四方丸く収まるように」というのがその趣旨だという。

 それが本家の「まるまる主義」。

 肉とかはにして団子にし、球にする。こんにゃくなんか、切ってから、どうやるのか、切れ込みを入れてくるくるくるっと巻いて、花のような円い形にしている。豆腐や揚げ豆腐や焼き豆腐はさすがに四角かったり三角だったりするが、湯葉はやっぱり巻いて丸くする。餃子ぎょうざ的な、小麦粉で作った皮で肉を包むものも作るのだが、餃子にもシュウマイにも似ていない。球だから。しいて言えば「包子パオズ」というものに似ているのだろう。

 餅は丸餅で関西風。

 お雑煮をはじめ、煮る出汁は基本的に鰹だしで関東風だ。

 どうしてそうなっているのかはよく知らない。もの知りで、しかもいろいろ気さくに話してくれる橡家のお兄さんによると、松野家の祖先のどこかで、関東と関西の両派が合わさったものらしい。

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