第14話 不服そうな妹、きゅんとする姉

 「目玉焼きとかベーコンエッグとか、あと野菜サラダとかは作れるけど」

 そう答えた妹を、姉がいじめる。

 「野菜サラダって、何入れるの?」

 「レタスとかサニーレタスとかちぎって、きゅうり入れて、キャベツの千切りがあったら入れて、ドレッシングをぱっぱっぱっ、って」

 千切りがあったら、ということは、自分でキャベツを切って千切りにはしないのだろう。

 「それで、あとはパン焼いて、朝ご飯ぐらいは作るんだよ、自分で!」

 妹のせいいっぱいの自己主張だ。

 話を合わせる。

 「あとは、牛乳かな? あっためてるの?」

 愛里が家にいるときから、朝は、ベーコンエッグかハムエッグと、キャベツかレタスときゅうり、夏はトマトも入るサラダと、パンと牛乳だった。

 「いや」

 妹は不服そうに答える。「不服そう」度はもとに戻ったけど。

 「くだものとかは?」

 「お母さんがいたら、切ってくれる」

 「不服そう」度がまた上がる。

 きゅうりは切っているのだろうから、包丁がぜんぜん使えないわけではなさそうだが、それにしても頼りない。

 「えっと」

と姉が言う。

 「おそばってどう作るかってわかってる?」

 「バカにしないでよぉ」

 ねた。

 「このお湯が沸騰したらパラパラって入れて、三分でしょ?」

 いや三分とは限らないのだけど。

 つまり、妹は、乾麺を見つけてきて、それをこの沸騰したお湯ででようとしているのだ。

 けなげでよい。

 おそばを茹でるお湯を大きい鍋で大量に用意する、という心がけもよいのだが。

 「そばつゆはどうするの?」

 「盛りそばにするんだから、いらないよ」

 どういう発想だ?

 「いやいや」

 姉は、そばを箸で持ち上げて、つゆに浸して食べるふりをして見せた。

 なんだか落語家みたいだ。

 「こうやって食べるんだから、つゆは必要でしょ? 薬味にネギとか必要だろうし」

 「あー」

 ……考えてなかったのか?

 ま。

 料理をし慣れていない妹ならば、そんなものだろう。

 「だから、あとはお姉ちゃんが作っとく」

 「えー?」

 今度は、不服そうというより、「不信」の感じ?

 「お姉ちゃん、作れるの?」

 あ。

 これはちょっと琴線きんせんに来た。

 いや。

 琴線に触れたのではなく、姉のプライドのスイッチを押してしまった。

 反論する。

 「栄養学科にいるんだから、料理のことはひと通りは知ってるから」

 「むう」

 妹は「むう」というそのことばどおり、むくれているらしい。

 持って行ってあげるから、と言おうと思ったけど、愛里えりも、そばとそばつゆをトレーに載せて芳愛よしえの部屋の戸を開けて、こぼさずに持って行く、という自信はない。

 「だから、できたら呼ぶから。そのあいだに、その寝間着の上に何か着ときな」

 「はあい」

 妹は最後まで不服そうだった。

 口をとんがらせて部屋に戻る途中に、聞こえよがしの独り言を言う。

 「なに、お姉ちゃん、お母さんみたいに」

 きゅん、とした。

 そんな効果を妹は考えなかっただろう。でも、きゅん、とした。

 お母さんがいないいま、愛里が芳愛の保護者なのだ。

 しっかりと芳愛を保護してあげねば!

 さっき、写真に写った自分の顔がお母さんみたいでいやだ、と思ったことは、きっちり覚えているのだが。

 いま、妹が捨てゼリフで言った「お母さんみたい」は、愛里の心を温かくこちょこちょこちょっとくすぐったのだ。

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