第10話 写しあった写真 ― 姉

 ま、あんまり期待はしていない。

 被写体の自分にも、写す妹の腕にも。

 芳愛よしえがくるんと四分の一回転して愛里えりのほうを向く。

 愛里は右足を軽く前に出して手を自然に下に垂らし、すまし顔をする。

 「ううんっ!」

 妹が激しくうなった。

 「お正月なんだからさ、そんなまじめな顔じゃなくて、ちゃんとポーズとってよ!」

 なんだそれは?

 というか、芳愛は、さっきのダブルVサインでポーズとったつもりだったのか?

 いちおう、言う。

 「ポーズとってるつもりなんだけど?」

 地上に軽やかに降り立った妖精、みたいに見えないかな?

 ……見えないか。

 「じゃあ」

と、左の肩を突き出し、右手を右肩の後ろに回して、軽く口をとがらせる。

 髪が長ければそれなりのセクシーポーズになるのだろうけど、髪は肩の上までなので、あんまり決まらない。

 ま、もともとそんなセクシーポーズが決まるような自分ではないことはわかっている。

 「あ、いいじゃん、お姉ちゃん」

 わかって言ってる? 芳愛。

 「じゃ」

 こんどは「ヨーイ、ドン!」も言わずに撮った。

 見せてくれる。

 「義理でポーズ作ってる」という感が見え見えだ。

 でも、晴れ着が部屋の適当に明かりをさえぎってくれているせいで、全体に柔らかい光にまぎれている感じだった。

 冬ということもわからず、薄暗い森の中で撮った水着写真のよう……?

 これはこれで、いい、と思う。

 これで太腿がもうちょっと細ければ……。

 あと。

 何? 畳んだ芳愛の寝間着が後ろに写ってるけど。

 場所が場所だけにしかたない。

 「うーん、なんか暗いかなぁ?」

 姉が反応しないからか、芳愛が心配そうに言う。愛里は首を振った。

 「いや、こういう感じがいいと思うよ。なんかミステリアスで」

 こういう表情が色っぽいのかどうか、自分ではわからない。

 ただ、自分がこんな表情ができる、というのは発見だったと思う。

 妹が疑問っぽくきく。

 「お姉ちゃん、ミステリーなの?」

 う?

 高校一年生にもなって「ミステリアス」がわからない?

 説明する。

 「なんか謎めいてる、ってこと」

 なんで水着を着て英語の説明をしなければいけないのだろう?

 「じゃ、もう一枚」

 そう言うと、芳愛は愛里を振り向いて、芳愛の顔と愛里の顔のあいだにスマホをすべりこませ、すばやく撮った。

 「あっ」

 今度はポーズも何も作っている余裕がなかった!

 「ふふーっ」

 芳愛は得意そうに笑い、写った写真を見せてくれる。

 口を開いてこれから何か言いそうな愛里の顔!

 それが、画面の枠一杯に写っている。

 うわ……。

 やめてほしい。

 なぜやめてほしいかというと、その顔が、そして表情がお母さんに似ているから。

 お母さんが不美人とは言わないけど、まだ大学二年生でお母さんみたいってやめてほしい。

 髪の毛がばらっとなって不格好におでこに垂れている、とかはまだいいのだが。

 肩から下が写ってないから、これって水着で撮る意味ないじゃん?

 でも、撮り直して、なんて言うつもりもない。撮り直させると芳愛はもっとへんなものを撮るかも知れない。

 「じゃ」

と姉は言う。

 「あとで、写真、お姉ちゃんに送っといてね」

 「あ」

 「あ」……って?

 自分のスマホでだけ撮って、姉のスマホでは撮影していない、ということを、妹はわかっていなかったらしい。

 まあ、いいけど。

 妹が、じゃあお姉ちゃんのスマホでもう一回撮影タイムとか言い出すとめんどうくさいので、愛里は

「じゃ、いい加減で着替えてくるね」

と言った。

 もとのお母さんの部屋で、いまの妹の部屋から外に出る。

 寒い!

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