第8話 年越し

 愛里えりは水着のまま畳の上を歩いて芳愛よしえの言う「裏」へ行く。

 たしかに、骨だけの衝立ついたてみたいなものに、ゴージャスな晴れ着が掛けてあった。

 さっき、このぽちゃ娘、ではなく、ぽっちゃりに見えてしまう損な体型の娘が脱いだ服は、その衝立てみたいなものの向こうの椅子に畳んで置いてあった。

 妹にしては上出来だ。

 晴れ着は、妹の水着とお揃いで、まっ赤だ。

 姉のは浅い黄緑で、そこにピンクの花がふんわりとあしらってある柄だ。

 ここには出てないけど。

 しかし、この妹。

 このまっ赤な晴れ着を何歳まで着るつもりだろう。

 しかも、前身頃みごろ側に回ると、脇腹から胸のところにかけて、まっすぐ首を伸ばして勢いよく飛び立つ鶴の図柄が入っているのだが。

 それが、ちょっと見たところでは、緊急発進する戦闘機みたいに見える。

 絵柄の勢いが良すぎるのだ。

 これって、この甘えっ子っぽい妹に合うのか?

 まあ、いいのだろう。

 さっき、この子の正体が鶴、って想像したところだし。

 いまも、赤い水着で似合っているのだから。

 姉がその晴れ着のところに入って来たのを見て、妹はスマホを掲げた。

 最初はスマホを縦にしていたが、二人入れるとぎりぎりになると思ったのか、横向きにする。

 姉も画面に映る図を見た。

 何か異様……というより、何か構図としてよくないような感じがある。

 何だろう?

 妹がちょっとスマホの向きを変えて、画面に映る像が動く。

 それでその異様さの正体に気づいた。

 「あのさ」

 妹に提案する。

 「芳愛とお姉ちゃん、並びかたが逆のほうがよくない」

 「なんで?」

 ふしぎそうにきく、純真そうな妹!

 「いや」

 あまりゆっくり話をしていると、問題の真夜中十二時を過ぎてしまう。

 シンデレラじゃないからふだんならまったく気にしないけど、今日は、その時間を過ぎると年が変わってしまう。そうすると、年の最後に撮る写真が姉妹の水着写真、という妹の目標が達せられない。

 手短に説明する。

 「いや。芳愛の水着が赤でしょ? 後ろの赤い晴れ着とかぶって、映えないと思うんだ」

 「あ」

 芳愛が気づく。

 「そう言えばそうだね」

 ほんとうは。

 水着と晴れ着の色が同じなので、芳愛の胴体がなく、晴れ着から直接に芳愛の手と顔が生えているように見えたのだ。

 晴れ着女、芳愛。

 身のほど知らずの晴れ着を手に入れた罰に体を溶かされ、顔と腕はそのままで、晴れ着に封じ込められて生きなければならない、かわいそうな妖怪女芳愛!

 ……ってホラーにならないように。

 「じゃ、入れ替わって、撮ろう」

 愛里がさりげなく振り袖の前に行って、芳愛を押し出す。

 芳愛は、今度は構図を確認することもなく、その体の動きの流れのままに左手を斜め上にかざして、ぱちっ、と撮った。

 「どう?」

 芳愛が画面を見せて、自信なさそうに愛里にきく。

 見ると、妖怪みたいに見える問題は解決していたが、芳愛は後ろが明るいので逆光になって顔が暗い。しかも、写真の出来を気にしていたからか、表情が明るくない。愛里も晴れ着で光がさえぎられて、やっぱり全体に暗い。

 というより、芳愛の後ろに写っている部屋のまんなかが明るくて、逆光になっているのだ。

 「もうちょっと左から斜めに撮ったほうが、かえってよくない?」

というのが姉のアドバイスだ。そうすれば後ろの明るい部分が入らずにすむ。

 やっぱり急がないと年が明けてしまう。

 妹は言われたとおりにした。こんどはかけ声をかける。

 「はい。じゃ、ヨーイ、ドン!」

 このかけ声、ひさしぶりに聞いたな。

 なぜか、松野一族は、世間一般の「はい、チーズ!」のかわりに、「ヨーイ、ドン!」と言うのだ。

 「どう?」

と芳愛が愛里にその撮れた写真を見せたところで、その芳愛のスマホが、ぱんぱかぱかぱか、ぱんぱかぱかぱか、ぱんぱかぱかぱか、ぱーんぱぱーん、と音を立てた。

 これ、何の曲だっけ?

 その威勢のよさそうなメロディーに

「あ、年明けた」

 眠そうでまぬけそうで甘えた、緊張感のかけらもない妹の声。

 部屋の端っこ、晴れ着の前で水着を着て、スマホで撮った写真の出来を確認しながら年を越した。

 「芳愛、明けましておめでとう!」

 「あ、お姉ちゃん、明けましておめでとう」

 とろけるような声で、妹も言う。

 このまま「今年もよろしくお願いします」とか言うところなのだろうけど。

 「あ、じゃ、新年最初はお姉ちゃんが撮るね」

と言って、愛里は妹からスマホを受け取った。

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