第7話 一見ぽちゃ娘が見せたいもの

 もともと母の部屋だった妹の部屋は、ストーブを焚いて、部屋のまんなかにこたつを置いていた。

 この部屋は玄関から見える。でも、部屋の中からはふすま、外から見れば木の引き戸をぴったり閉めていたから、愛里えりが帰ってきたとき、気がつかなかったのだろう。

 一階の部屋は二階の部屋にはある換気窓がない。注意していれば、すき間から漏れる明かりぐらい見えたのかも知れないけど、だれもいないと思いこんでいたから、そんなのにも気づかなかった。

 愛里はすぐにこたつに入った。

 水着でいてもこたつに下半身を入れていたら寒くない。

 むしろ、脚の素肌がこたつにあぶられてちりちりと熱い。

 水着でこたつ、なんて、まずありえない状態だな。

 水着を作った人も、こたつを作った人も、そんな使用法はまったく考えていないだろう。

 「後ろ見ないでよ!」

 妹が背後で言う。

 なに?

 妹の正体は鶴か何かで、振り向くとその正体が見えてしまうから?

 やっぱり正体が霊だから?

 「なんで?」

 「芳愛よしえが水着に着替えてるから!」

 ま、ある意味、正体が見えるのか。

 かわいらしい高校一年生女子の正体がじつはぽっちゃり娘だとか。

 スマホを見ているふりして、カメラで自分の顔越しに背後を写してやろうか、と思ったけど、スマホは部屋に置いてきたので、できない。

 だから、背後の妹を見ないようにして、部屋を見回す。

 お母さんの化粧台とかミシンとかが置いてあったところに勉強机と本棚を持って来たらしい。

 じゃあ、あの化粧台やミシンは二階に運び上げたのか?

 とくに化粧台はかさばるし重いと思うけど。

 ミシンはもっと重いだろう。

 それより、妹が一人で住む部屋のまんなかにこたつがある、というのがよくわからない。

 もとは、ここはお母さんの部屋だったけど、表の襖がいつも開いていて、だれでも入っていい和室だった。化粧台やミシンを勝手に使うと怒られたけど、お母さんがいないときに畳の上に寝転がったり、座敷机やこたつでみかんを食べたりボードゲームをしたりしてもよかった。

 芳愛の部屋になった以上、それはもうできないだろう。

 なのに、こたつがあるというのは?

 「お待たせー」

 言って、妹が後ろから前に回ってきた。

 「おおっ」

 義理で大げさに驚いてあげる。

 真っ赤なワンピースの水着で、胸のところと縁に紺色の飾りが入っている。愛里のは紺色の地にピンクの飾りなのでちょうど反対だ。

 そして、ある意味、正体判明。

 「いいぐあいに痩せてるじゃん?」

 この子は顔がまんまるいので体も太って見える。さっきの寝間着姿もぽっちゃり娘の印象だった。

 実際よりぽちゃ度が高く見えるのだ。

 だから、そこを指摘してあげたのに、妹は不満そうだ。

 「そういうところしか見ないの?」

 「適度に、胸、ないし」

 「そういうところしか見ないの?!」

 妹の不満そう度が高まる。

 お母さんは胸がとても豊かなのだけど、娘二人は揃って貧しい。

 でも、どちらかというと、妹のほうがこれから発育する望みがあるかな。

 「芳愛そんな水着持ってたっけ?」

 「去年の夏に買ったの!」

 とても積極的な反応!

 これを聞いてほしかったのだな。

 もしかすると、学校用水着以外ではじめて買った水着かも知れない。

 いや、違う。

 小学校のころ、海水浴に行ったとき、この子はオレンジ色の水着を着ていた。遠くから見ると何も着ていないように見えるので、そう指摘してやるとこの妹は泣き、姉は親に怒られた。

 よく泣く子だった。

 「芳愛は、夏にそれを見せたかったのにわたしが見ずに東京に戻ってしまったから?」

 いま、見せたかったのだ。

 芳愛はそれには答えずに

「じゃ、並んで写真撮ろう」

と言う。

 たしかにそういう話だったけど。

 こたつから出るの、つらい……。

 でも、そんな気もちを妹に覚られるのもいやなので、手までこたつのなかにつっこんで軽く妹を見上げる。

 「いま?」

 「うん」

 妹、強気。

 「いま一一時五五分でしょ? だから、一年しめくくりの写真が二人の水着写真で、来年最初の写真も二人の水着写真!」

 ……何を考えてるんだ、この子。

 でも、この機会を逃したら次にいつこんなことができるかわからない。

 それはそうだな、と思う。

 「じゃ、どこで撮る?」

と言いながら、意を決してこたつのなかから出る。

 脚から冷たさが伝わって来る。

 寒い!

 こたつで汗をかいているので、よけいに寒い。

 だから言う。

 「あ、外とかダメね。寒いから」

 「外なんか行くわけないよー」

 芳愛はそれが当然のように言う。

 愛里にとってもそれが当然なので、ほっとする。

 「そこの裏にさぁ」

 ……「裏」って?

 それ、家の外じゃない?

 この部屋からベランダに出れば、そこがこの家の玄関の反対側だから、「裏」なんだけど。

 「明日着る晴れ着が飾ってあるから、その前で撮らない?」

 「ああ」

 「裏」というのは、さっき、芳愛が寝間着を脱いで水着に着替えていたスペースのことらしい。愛里が座っていたところの背後だ。

 この子のことだから、寝間着はもちろん、下着まで脱いだままほうってあるんじゃないだろうな?

 でも、それをきくのも穏当ではないので

「明日、晴れ着なんか着るんだ?」

と聞く。

 愛里は晴れ着は持っている。大学生になったときに買ってもらった。

 入学式では着なかったけど、去年、本家での年越しには着た。

 でも、芳愛は?

 まさか、姉の晴れ着を着るつもりじゃないだろうな?

 それならそれでいいんだけど。

 「うん」

 とても当然のようにうなずく。

 「高校入ったからって、お姉ちゃんだけ晴れ着で芳愛は晴れ着持ってないっていうのも問題だ、っていうんで」

 ぜんぜん問題ではないと思うけど?

 べつにこだわりはないからどっちでもいいんだけど。

 「本家がおカネ出すっていうから、せっかくだから買ってもらった」

 本家、甘いな。

 去年、本家で愛里が晴れ着を着て、芳愛が中学校の制服だったので、芳愛がかわいそうになったか。

 それとも、正月に集まる三十人ほどの一族で、晴れ着率を上げたかっただけかも知れない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る