第6話 妹

 「えっ? 芳愛よしえ? 芳愛がなんでいるの?」

 愛里えりがきく。

 「そんなぁ」

 恥ずかしそうな、甘えたような声。

 「幽霊に会ったような驚きかた、しないでよ」

 大晦日おおみそかの夜。

 廊下で、妹は寝間着の上に明らかに大きすぎる半纏はんてん羽織はおり、愛里は水着を着て、廊下のほぼ端と端で、距離を取って向かい合っている。

 「いや、だって」

と愛里は言う。

 「芳愛、水落みずおちにいるはずでしょ? 芳愛の本体は水落にいて、芳愛の霊だけここに帰って来てるとか?」

 「気もちの悪いこと言わないで」

 妹が甘えた言いかたで抗議する。

 自分で幽霊とか言うからだ。

 その幽霊かも知れない妹が続ける。

 「だいたい、霊がトイレ行く?」

 行かないと思うけど。

 でも、わからない。

 ラットだってこちらが考えもしなかった行動をする。

 夜のあいだにわずかなすきを見つけてケージから脱出し、朝、学校に行ってみたらラットが研究室のなかを元気に走り回っていたこともある。

 うち三匹は、愛里が開けたドアから外に飛び出して、永遠に帰って来なかった。

 ラットといっても本体はドブネズミだから、どこかで元気に生きているのだろうけど。

 ラットでそれだから、まして芳愛の霊ならどんな行動をするかわかったものではない。

 愛里が言う。

 「でも、あんたの部屋、だれもいる気配、なかったけど?」

 二階の部屋は、ドアの上に換気窓があって、そこから廊下に明かりが漏れる。

 そして、たしかに、愛里の部屋以外の換気窓は暗かった。

 この妹は真っ暗では寝られないとか言っていたので、いれば、電気をつけているはずなのに。

 妹は不服そうに唇をとがらせ、それから、あっ、と声を立てた。

 「そうか。あれ、秋のことだったから、お姉ちゃんあれから帰って来てないよね」

 その答えが姉の問いにどう関係しているのか、愛里にはわからない。

 きく。

 「あれ、って?」

 「だから、お父さんお母さんと、お兄ちゃんと芳愛とで部屋取っ替えたの。だから、芳愛が前のお母さんの部屋、お兄ちゃんがお父さんの部屋」

 芳愛は、家族に対しては自分を芳愛という。

 諫武いさむと芳愛とお父さんとお母さんで部屋を取っ替えたけど、愛里の部屋はそのまま、というわけだろう。

 「なんでそんなことを?」

 「お兄ちゃんと芳愛は部屋が狭いって言って、お父さんとお母さんは一階だと部屋が寒いって言うから、じゃあ、って」

 それで部屋を取り替えた、と。

 一階は寒い、というのはお父さんもお母さんもよく言っていた。

 「じゃあ」

と話を続けようとして、背中がぞくっと寒くなる。

 それは、やっぱり妹が霊だから……ではなく。

 朝になれば確実に氷点下になる空気のなかで、水着一枚でいるからだ。

 とくに、むき出しになった肩が冷たい。

 「とりあえず、着替えてくる」

 言って、愛里は自分の部屋に戻ろうとした。

 夏のようにあの暑い部屋がいまは恋しい。

 「あ、待って!」

 階段を上がろうと身をひるがえす愛里に、芳愛が声をかけた。

 で。

 何を待てと?

 「芳愛も水着着るから、いっしょに写真撮ろ」

 はい?

 声に出して言うかわりに、目を瞬かせる。

 芳愛も水着着る?

 何のために……。

 妹が言う。

 「年が変わる瞬間にお姉ちゃんと芳愛で水着、っていうのは、初めてだと思うから」

 「それは……まあ」

 それは初めてだと思うが。

 「じゃ、芳愛の部屋、こたつあるから、来て」

 前のお母さんの部屋、畳の部屋だったし、たしかにこたつあったよ、うん。

 そこがいまは妹の部屋。

 この妹にこたつが似合うのかどうかは知らないけど。

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