第4話 暖まりすぎた部屋で
夢か、ただ思い出していただけかは自分でもわからない。目のまえをケージの中のラットが走り回る様子をずっと見ていて、ふと、
マフラーを脱いだ
整えも何もしていない髪の毛の下も汗が流れていく。セーターの下の体もほてっている。自分の体から出た熱が戻って来て肌を
そうだった。
地球に優しくないレベルで暖房をかけていたのだ。
狭い上に密閉性が高いのでこの部屋はすぐに暖まる。
東京の部屋のほうが、広いかわりになかなか暖まらない。古い家で、しかも地盤が不安定なのか傾いていて、
あべこべじゃないか、とも思うけど。
愛里は立ち上がって着替えようとした。
まず窓の厚手のカーテンを閉める。薄いカーテン一枚だと夜は外から見えてしまう。隣は畑だ。畑の向こうのどこかから見られていてもこちらからはわからない。
カーテンを閉めてしまえば平気だ。高校生の頃もこうやって着替えをしていた。
セーターを脱ぎ、ブラウスを脱ぎ、ゆったりしたズボンを脱ぐ。
部屋は暖かくなりすぎている。この姿でも暑い。
もう、この際、と思って、下着まで替えることにしてぜんぶ脱ぐ。
洗濯かごは勉強机の横に出しっぱなしになっている。脱いで洗うものはそのかごにぽんぽんと投げ込んでいく。明日、家族が帰って来るまでに、洗濯機を回しておくつもりだ。
その結果、現れたのは。
体に一糸もまとわぬ生まれたままの愛里の姿!
……自分で想像しても色っぽくもなんともない。
とりあえずさっさと着替えを、と思って、気がついた。
着るものが入ったたんすは向かいの部屋だ。
部屋が狭いうえに、空いている部屋が二つもあるのだからと、たんすを、空き部屋の一つ、ここの向かいの部屋に置いていたのだ。
ここで暮らしていたころは、着替える前に向かいの部屋からあらかじめ着替えを一着分持って来ていた。
東京ではもちろん部屋のなかにクローゼットがあるので、そのことを忘れていた。
さあ。
どうする?
ここは暑いけど、廊下は寒い。
外の気温と同じとしたら、氷点下になるかならないか。
でも、一瞬だけだから、すっぽんぽんで廊下に出る?
それは寒いという以上に抵抗がある。
愛里が覚えているかぎり、愛里はすっ裸でこの部屋の外に出たことはない。
もしあるとしても、もう覚えていないような小さい子どものときだけ。
それならブラウスくらいまではもう一度着るか。
それもめんどうくさい。それに、いちど洗濯かごに投げ込んだものをまた着るのか。
そう思ったところに、タオル掛けの水着が目に入った。
明るい紺色にピンクのラインが入ったワンピースの水着だ。
……着る?
ワンピースだから、少なくとも胴体は覆える。
それに、家にはだれもいないのだ。
ささっと引き出しを開けて、目的のものを取ってささっとここに戻って来れば、寒さもそれほど問題にならないだろう。
しかも、だれもいない家で、暖房をかけすぎた部屋にいるのだ。暖房の設定温度は下げるにしても、寒くならないあいだは、ずっとそれを着ていてもいい。
水着を着るとまた洗わなければいけないけど、どっちにしてもいま着て来たものは洗わなければいけないのだから、いいか。
タオル掛けからそれを取るまでは、まだ「ほんとに着るの?」というためらいがあった。
でも、伸縮性のある生地に触れた手から「これでいいじゃん」という思いが広がった。
年越しの時間、ふだんの年ならいない自分の家にいて、ふだんなら絶対に着ることのない水着を着ようとしている。
それ、おもしろいじゃない?
そう思う。
愛里は、立ったまま、左足を上げてまず水着に通し、次に大げさに右足を上げて通す。
ああ、自分は左足を先に通すんだ、という気もちがくすぐったい。
水着を、すーっ、と脚から胴体へと体の線に沿って上げて、肩のところを左右同時に「ぴちっ」とやる。
ほんとに「ぴちっ!」としている!
うわぁ。
……太った?
恥ずかしい。
栄養学科に通っていてウェイトコントロールに失敗するなんて、なんて恥ずかしい!
でも、そんなはずはないと自分を安心させる。夏に着たときも同じことを感じたはずだ。
着る前には、冬に水着を着ればわくわくするかな、と思ったのだが、そうでもなかった。
さあ、さっさと替えの服を取ってこよう。
そう思って廊下に出る。
そのとたんに。
「がたん」と音がした。
「えっ?」
自分が立てた音ではない。
だれかいる!
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