第3話 生まれて初めて、この家で

 年越しにはこの家にいない。それは、愛里えりが生まれてからというもの、あたりまえのことだった。

 愛里の家はこの天鹿あまかの街で春本はるもと茶舗ちゃほというお茶の店を開いている。

 そのお茶屋さんで売っているお茶は、松野まつの家の本家と、「二兄にあにの松野家」・「とちの松野家」という二つの分家が作っている。

 その本家と二つの分家は大稲荷町おおいなりまちあざ水落みずおちというところにある。春髪はるかみからずっと東に行った山あいで、両側から山がせまっている地形だ。周囲の山からここに水が落ちてくるから水落なんだな、と納得する。

 本家、二兄の家、橡の家それぞれにまた分家がある。

 愛里のお父さんは本家のおじいちゃんの次男なので、本家の分家ということになる。

 年越しには、その分家のみんなが水落の本家に行き、年越しすることになっていた。

 愛里の一家ももちろんそうだった。

 愛里も、去年までは、三〇日の夜に水落に行き、三一日は本家の年越しの手伝いをして、元日は本家の正月行事をいっしょにやり、二日に春髪に帰って来るという生活だった。だから、春髪の家での正月は二日からだ。

 ところが、生活科学系の大学の栄養学科に進んだ愛里は、今年は、大学で実験動物のラットの世話をしなければならない。

 自動でえさやりができる装置はあるのだけど、ラットが背伸びして餌の出口を突っついたりすると詰まってしまって、餌が出なくなる可能性がある。そうなるとラットたちはお正月を食べものなしで過ごさなければいけない。自分で招いた結果とはいえそれはかわいそうすぎるし、だいたいラットが餌を毎日食べているという前提で実験が成り立っているので、食べていない日があると実験は失敗ということになる。失敗したラットはたぶん殺されてしまうのだろう。それもとてもかわいそうだ。

 だから、大学で愛里に許される休みは十二月三十一日の昼過ぎから一月二日の昼までだ。

 この時間だと水落の本家まで行っている時間はない。だから、今年は、愛里は春髪の家に帰って来て、愛里の家族もいっしょに春髪の家で年越しをすることにしていた。

 そのかわり、愛里の家族は、愛里も含めて春休みに本家にあいさつに行く。本家のおじさんもそれで了解していたはずだった。

 ところが、けっきょく、愛里の家族は水落に行ってしまった。水落で年を越して、元日になって春髪の家に帰って来るという。

 しかたがないので、愛里が先に春髪の家に帰り、一日の昼ごろに帰って来る家族を待つことになった。

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