42.結末
注意を引く為のその音に、皆が扉へ目を向ける。そこに立っていたのはヴィント殿下と、顔色を悪くしたエヴァだった。エヴァはヴィント殿下の後ろで跪いている。
ヴィント殿下がどうしてここに?
ルーファスと一緒に来たんだろうか。
「……ヴィント様が一緒に来ると言ってくれてね。外までは転移で来て、屋敷に入るのにヴィント様の力を借りたんだ」
わたしの心を読んだようにルーファスが教えてくれる。
確かに約束をしていないルーファスは、いくら侯爵といえどこの屋敷に入るのは難しかったかもしれない。ロータルも、誰も中に入れないようには言ってあっただろうから。
だから……ヴィント殿下なのだ。王族であるヴィント殿下がやってきて、中に通さないわけにはいかないから。
「ルーファス、あまり苛めるのは宜しくないな」
「俺は事実を口にしているだけですが」
「そういうところだって」
あはは、と軽く笑ったヴィント殿下がわたし達の隣に立つ。
その瞳が真っ直ぐにロータルに向けられるけれど、ロータルはヴィント殿下が誰なのか分かっていないようだった。
「僕はヴィント・リエラ・アステリオン。この国の第三王子だ」
ヴィント殿下がいつもより固い声で名を名乗る。それを聞いたロータルは慌てたように跪いた。
「ロータル・ガイスラー。ベルネージュ侯爵夫人の事は忘れて、さっさと国に帰ることだ。君もこの醜聞を騎士団に知られたくはないだろう?」
「し、しかし……サフィアは……」
「ベルネージュ侯爵夫人だ。君が彼女の名前を呼び捨てる事は失礼にあたる」
ぐっと唇を噛んだロータルは、言葉を探しているようだった。その瞳がわたしに向けられる。助けを求めるようなその眼差しに、応える事は出来なかった。
「繰り返すけど、騎士団に知られたくはないだろう? 先程の会話は記録されている。君が夫人に魔封じをしようとした事も、国に連れて帰ろうとした事も。誘拐未遂として事を大きくしてもいいんだが……それは君も望まないと思うけど」
誘拐未遂と聞いて、ロータルの顔が青くなった。
そこまで事態を深刻に考えていなかったのだろうけれど。それだけ切羽詰まっていたのかもしれないと思うのと同時に、その行動力を他に向けたら良かったのにと思った。
「君がもう夫人に関わらないでくれるなら、平穏に過ごせると思うんだ。それはもちろん、
それは……これ以上わたしにつき纏うなら、先程の会話を公表して事件にすると、そう言っているようだった。
ロータルにもそれが伝わったのだろう。彼は暫く何かを考えていたけれど、結局はひとつ頷いた。
「……ベルネージュ侯爵夫人、君はいま……幸せなのか」
ロータルが掠れた声で言葉を紡ぐ。
わたしを抱くルーファスの腕がぎゅっと強くなった。それを宥める為に、彼の腕に添えた手でそっと撫でた。
「ええ、とても幸せよ。夫はわたしを愛してくれているし、わたしも彼を愛しているの。大事にしてくれて、守ってくれて、これ以上の幸せなんてないと思うくらいに。彼と結婚出来て本当に良かった」
言葉を取り繕う必要も、ロータルに気を遣う必要もないと思った。
曖昧な言葉は逆にロータルを傷付ける。
「そうか。……すまなかった」
一度深く頭を下げてから、ロータルは応接室を出ていった。床を見つめながら歩くロータルは、ひどく気落ちしているように見えたけれど、掛ける言葉はなかった。
足音が遠ざかっていった後に、ルーファスがわたしを腕檻から解放する。それでも離れるつもりはないらしく、わたしの腰に片手を回して抱き寄せた。
振り返ったルーファスにつられるよう、わたしも後ろを向く。そこには跪いて震えているエヴァが居た。
「オールセン伯爵夫人、一歩間違えば誘拐事件に加担をしていた事になるが」
「は、はい。申し訳ございませんでした……!」
エヴァはその場に膝をつき、床に頭をつけながら謝罪の言葉を口にする。
ロータルがそこまでするとは、エヴァも思っていなかったのだろうけれど。
「君にも事情があったのだろうが、妻を危険に晒したあなたを俺は許す事が出来ない。サフィア、君はどうしたい?」
きっと、責任をオールセン伯爵家に問う事も出来る。それを含めてどうするかをわたしにゆだねてくれている。
でも……わたしよりも背の高いエヴァが身を縮めている。そんな姿を見ているのは嫌だった。
「エヴァ、立って頂戴」
わたしの言葉にエヴァが立ち上がる。その顔は涙に濡れていた。
泣きたくなる気持ちもわかる。でも、今は彼女に笑いかける事も出来なさそう。泣かないでと慰めるのも、違うと思った。
「エヴァ、今回の事はとても残念に思うわ。もう会う事はないでしょう」
「ごめんなさい……っ!」
こんな事で友人を失う事になるなんて思わなかった。
それはきっと、エヴァも思っているだろうけれど。
わたし達はヴィント殿下を先頭にして応接室を後にした。
廊下で待機をしていたらしい、オールセン伯爵家の執事も顔色を悪くしている。
誰も口を開かなかった。
わたしの頬を涙が伝う事にも触れないでくれる。その気遣いが有難かった。
外に出てすぐに転移の魔法陣が足元に展開された。
涙に濡れた頬に、刺すような寒さが痛い。空の青さが眩しくて、余計に胸が苦しくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます