3章 お出かけ編

第21話 佐矢香さんとお出かけ

 瀬名さんのアパートに移り住んでから、だいぶ月日が経ってきた。


 さすがの俺でも、この頃になると慣れてきたとは思う。

 家事、料理、そしてバイト。自分が出来る限りの手伝いもしてきた。


「……あっ」


「どうしたの勇人君?」


「いえ、食器の洗剤が切れてたみたいで」


 ある夜の事。


 俺が食器を洗っている時、洗剤が切れかかっている事に気付いて詰め替えを探そうとしたのだ。

 そうしたらその詰め替えがないと来た。これは困った。


「そういえば、歯磨き粉もそろそろ補充しなきゃと思ってたんだよね。他にも色々と」


「でしたら明日買い物行きましょうか。どうせ休みですし」


 もちろん買い物も2人一緒に行っている。

 その際、瀬名さんは伊達眼鏡と帽子を被って変装しなければならないのだけど。


「そうだね。じゃあ場所はいつものところで」


「分かりました」


 こうして買い物を行く事になった俺達は、他に何が必要なのか調べる事にした。



 ◇◇◇



 翌日。


 俺は玄関先で忘れ物がないのかを確認する。


 財布、メモ……うん問題はない。

 あとは奥で着替えている瀬名さんを待つだけだ。


「勇人君、もう大丈夫だよ」


 噂すれば何とやら。瀬名さんがこちらへとやって来た。


 今の彼女は伊達眼鏡をかけて、さらにグレーアッシュの長い髪をハンチング帽に収めている。

 トレードマークの髪を中にしまう事で、周りを欺く目的があるらしい。


「今日もバッチリと思います。普通の人なら気付かないでしょうね」


「うん。……でも、本当はもっとオシャレしたかったんだけどね。こんな格好でごめんなさい」


「そんな事はないですよ。それに今の瀬名さんも可愛いと思いますし」


 変装への罪悪感があったらしい瀬名さんへと、俺はそうフォローした。

 すると彼女が一瞬驚いたような顔をした後、うつむきながら口元を緩ませる。


「ほんと……勇人君はさらっとそんな事を言うんだから……」


「そ、そうですか……?」


「と、とにかく早く行きましょう! 目当てのものが売り切れになっちゃうかもしれないしね!」


「そんなすぐに売り切れになりませんって……」


 俺達は外に出てから階段を降りようとした。


 するとその時、階段近くの扉が開いてお爺さんが出てくる。

 そのお爺さんが瀬名さんを見て……、


「おや瀬名ちゃん、友達とお出かけかい?」


「ええ、大家様もでしょうか?」


「ああ、ちょっと集まりでね」


 とまぁ、正体がバレて一大事なんて事はない。

 

 大家さんを含めたアパートの住人は、瀬名さんを有名モデルだと認識していない。

 こうして彼女を普通の女の子として接してくれているのだ。


「先降ろさせてもらうよ。……よいしょっと」


 大家さんが階段を降りようとするも、少し辛そうに見えた。


 俺は彼に寄り添った後、担ぐように一緒に降りていく。

 そうして下に付いた後、俺に対して大家さんがお辞儀してくれた。


「ありがとうな。最近降りるのが辛くなってて……」


「いえいえ、俺がやりたいと思っただけですし」


「謙虚だね。じゃあ彼女と仲良くデートするんだぞ」


「デ……」


 大家さんが去っていく中、俺はカチンコチンになってしまった。


 瀬名さんとデートって……。

 相手は有名モデルなんだし、デートと言うには語弊あるんじゃないだろうか……。


 というか、いずれ瀬名さんにも彼氏できるよな。

 美人モデルと恋人になるなんて、その彼氏絶対に勝ち組になるだろ。


「勇人君ってほんと優しいね。何も言わずやるのクールだったよ」


 と、後ろから瀬名さんが来たので、少しだけ跳ね上がってしまった。


「そうでしょうかね……。にしても瀬名さんが有名モデルだって知ったら、大家さん達どう反応すんでしょう……」


「……その事に関してなんだけど、もしかしたら大家様を含めて皆知っているんじゃないかって思うの」


「知っている?」


 俺が疑問に思っている中、瀬名さんが歩き出す。

 その後を付いて行くと、彼女が理由を明かしてくれた。


「大家様を含めて私の事なんて知らない、普通の女の子にしか見えないって言っていたんだけど、私は腑に落ちなかったの。1人くらい私がモデルだって知っているんじゃないかって。だから私を気遣って、あえて知らない振りをしているのかも」


「ああ……あり得そうですね」


「もちろん本当なのか分からないけどね。自分が載っている雑誌を見せた事があったけど、誰もピンと来なかったみたいだから。あれって多分、仕事の時とそうじゃない時とじゃメイクが違うからかな」


「なるほど……」


 仕事の際のメイクは、スタイリストの方がやってくれている。

 なのでそうした癖や見た目が違ってくるのは必然だ。


 それでも瀬名さんの推測が本当ならば、大家さん方は瀬名さんを庇っているという事だろう。

 そういう意味では、瀬名さんは恵まれているはずだ。間違いなく。


「ところで大家様、さっきなんて言ってたっけ? 確かデートとかって」


「えっ?」


「私達って、そう見えてたりするのかな?」

 

 聞いていたのか……まぁそうだよなぁ。

 でも俺と瀬名さんでデートというのは、我ながら想像しづらいものだ。


「大家さんも変な事を言いますよねぇ。さすがにデートは言いすぎでしょうし」


「……つまり勇人君にとって、これはただの買い物という事?」


「えっ? ま、まぁ……」


「(……こりゃあ、もうちょっとグイグイ行った方がいいかもねぇ……)」


 何だろう? 何か瀬名さんの様子が変だぞ?

 それから彼女が何かボソッと言ったような……。


「あの……瀬名さん?」


「さっ、早く行こ? 色々と回りたいしね」


 瀬名さんがこちらへと向けたのは笑顔だった。

 ただ、その笑顔にどこか違和感があったのは気のせいだろうか……。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――――



 ここまでお読みいただき、ありがとうございます! 第3章開始です。

「面白い」「続きが気になる」と思った方は、ぜひとも☆や♡やレビューよろしくお願いします!

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