第14話 仕事終わりの事
その後、昼休憩を挟みながら撮影が続行された。
瀬名さん達が服装を変えたり、ディレクターと一緒に写真チェックをしたりと、中々に忙しい仕事をしていた。
かく言う俺も整備の手伝いなどをし、瀬名さん達が万全の状態で撮影できるよう頑張ったつもりである。
ちなみに昼食なんだけど、塚本さんが中華料理屋に連れて行ってくれた。しかも彼女の奢りだ。
とても美味かったので、機会があれば仕事以外の時間に行ってみたいところ。
「はいお疲れ!! よかったよ2人とも!!」
「お疲れ様です」
「お疲れでーす!」
15時辺りになった頃、ようやく撮影は終了した。
10時にスタジオに来たので、撮影にかかった時間は5時間弱。
長かったような短かったような。
「……塚本さん」
「何だ?」
「俺、感激しました……言葉では表せないくらいですよ」
「……そうか」
俺としては、この上ない程に素晴らしい体験だった。
瀬名さんと辻城さんの表情、角度、ポーズ。
どれも生き生きしていて、本気に取り組んでいるというのが如実に伝わってきた。
もし制約がなければ、亮辺りにこの事を自慢できただろうに。
「2人とも、お疲れ」
その瀬名さん達がこちらにやって来た後、塚本さんが労っていた。
俺も続かないと。
「お疲れ様です、瀬名さん、辻城さん」
「ありがと。ところでどうだった? 私達の仕事」
「すごかったです本当。眩しく見えちゃいまして」
「フフッ、そうなんだ。それは嬉しいなぁ」
その嬉しそうな笑顔の時点で眩しいもんですよ。
そう思っていた途端、辻城さんが怪訝そうな顔をする。
「佐矢香さん、なんか友田さんと親しいですね。前々から知ってたんですか?」
「ええ。塚本さんのお知り合いさんだから、何回か会った事があってね」
「なるほどぉ、男の子でも打ち解けるなんてさすが瀬名さんですね!」
今の発言には心臓が跳ね上がったぞ。
瀬名さんには感謝しかないな。
一応さっき、塚本さんが『自分の知り合いの息子で、業界の勉強の為に仕事させてほしい』とディレクター側に口添えしてくれていた。
それを聞いた瀬名さんが上手く利用したのだろう。さすがプロのモデルさんといったところか。
ちなみに瀬名さん達は気付いていないと思うけど、俺への奇異の視線がすごい。
やっぱりモデルと仲良くしているのはおかしいのだろう。
しかし、これでモデルと一緒に住んでいますなんてバレないはず。
バレたら即刻バイトをやめて逃げるしかない。
「それじゃあ、そろそろ帰るぞ」
「りょうかいです! あたし疲れましたよー」
「本当によく頑張ったものね、偉いよ小春ちゃん」
「ヘヘッ、佐矢香さんに褒められちゃった~」
辻城さんの頭を撫でる瀬名さんに尊さを感じつつも、俺達は『ヤジマ』へと戻っていた。
――そうして『ヤジマ』があるビルに到着。
車から降りてすぐ、塚本さんが俺達に振り向いた。
「私は事務所に戻るからな。佐矢香、小春、気をつけて帰るんだぞ」
「ええ、分かりました」
「はい!」
「……友田君も帰り道には気を付けるんだな」
「はぁ……」
そう言って、塚本さんがビルの中へと消える。
……やっぱりというか、俺と瀬名さん達とでは態度が全然違う。
気が重くなるよ……。
「友田さん、そんな暗い顔をしてどうしました?」
「いや何も……。それよりも辻城さん、あれだけの仕事をやり遂げるなんてすごいよ」
「おっ、いきなり高評価ですか? まだまだ新人なんですけど、佐矢香さんに負けないくらいの有名モデルになりたいんで! あんなの朝飯前です!」
「なるほどなぁ。俺、辻城さんの事を尊敬しそうかも」
「ヘヘッ、それほどでも~」
照れくさそうにする辻城さん。
決めた、彼女の雑誌も探しておこうっと。
「おっとこんな時間ですか! 友田さん、またお会いしましょう!」
「ああ」
俺達に手を振りながら去っていく辻城さん。
さて、そろそろ俺達も帰るとしようか。
「瀬名さん、行きま……」
「ふーん……」
「……瀬名さん?」
「ん? あーいや、何でもないよ」
瀬名さんが背を向けて、歩を進めてしまう。
いやこれ、絶対何でもなくないぞ。今さっき不貞腐れた顔をしていたのをちゃんと見たぞ。
「ちょっと待って下さい……もしかして怒ってます?」
俺は瀬名さんの後を追いかけながら尋ねた。
すると瀬名さんはバツの悪そうにしながら、
「言ってほしかった……」
「ん?」
「小春ちゃんだけじゃなくて……私にも何か言ってほしかった。ほんの少しのコメントでもいいから」
あー、それで不貞腐れたのか。
というか、瀬名さんもそういう事を思うんだな。
「……撮影中の瀬名さん、本当に素敵でしたよ」
「……!」
「それに家での撮影とはまた違ってて、そういうギャップもかなり良かったです。こういう二度美味しい体験は生まれて初めてですよ」
もちろん、彼女への感想を用意していない訳がなかった。
俺がする撮影とさっきの撮影。どちらも印象が異なっていて、それでいて素晴らしかった。
正直、優劣なんて付けられないくらいだ。
「……勇人君」
その事を口にした途端、瀬名さんの柔らかそうな口角が上がったような気がした。
「はい」
「えいっ」
「アウ!」
そうしたら、いつぞやみたく脇腹を突かれてしまう。
だからそれはやめてくれ……。
「瀬名さん……」
「ごめんごめん。ちょっと勇人君をからかいたくなってさ、今のは忘れてね」
「忘れようにも忘れないですよ」
「そっかー、それは残念」
「……まったく」
不思議と笑みがこぼれる。
脇腹への攻撃には解せないものの、いつもの余裕ある姿に戻ってきたみたいだ。
やっぱり瀬名さんはこういったのがよく似合う。
『もしかしたら友田君、佐矢香のターゲットにされているかもな』
途端に、中村スタジオ内で言っていた塚本さんの言葉を思い出す。
もしそれが本当だとしたら……いや本当なのか分からないけど、俺はそれに対してどうすればいいのだろう。
そもそも、平凡な俺と有名モデルの瀬名さんが釣り合うのだろうか。
世間が許してくれるのかどうかも分からないし、俺には難題に等しい問題だ。
にしても、辻城さんからの「また会いましょう」という言葉。
これから先何回も出会う事になるだろうけど……何でだろう、どこか引っ掛かるような感触がする。
そう思っていた数日後、その引っ掛かりの意味を身をもって知る事になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます